きっかけはよくある話で


早朝、頼まれたのはなんてことはない簡単な配達依頼。
その配達場所が裏通りの中央にあったが為に、もしもの事を考えて俺が選ばれたのがきっかけだった。裏通りについてなら俺が最も慣れているから、それなりに 対処だって頭に入っている。それに男だからいざという事態も起こりにくい。荷物も差ほど大きくないから、その為に二人割くというのもおかしな話だ。場所が 裏通りに面していなければ子供のお使いレベルなのだから。
実際問題、依頼はあっさりと終える事が出来た。
受け取った終了証を懐にしまい、後は宿に帰るだけだった。昼でも薄暗く狭い道端には、目付きの鋭いチンピラまがいの連中がたむろしている。
まあ、目が合っても俺はケンカを吹っ掛けられる事はない。これも昔取った杵か、知人でない限りには声を掛けられる事も少ない。子供にも怖がられる方が多かった。
瞬間一人の若い男と目が合った。絡んでくるどころか向こうから率先的に視線を外そうとしているのが分かる。この辺りは雰囲気、見た目にもよるんだろうが、そういう意味では俺は適任だった訳だ。
それでなくても俺が今世話になっているパーティは女性が多い。ヴィックスでも良かったんだろうけど…今日は空いてなかったからな。
「帰って早くゆっくりするか」
もしかしたら良い依頼がまだあるかもしれないし。
そんな独り言を呟きながらそろそろ裏通りを抜けようかと言う所で――
「やめてください…!」
――裏には似つかわしくない大人しそうな女性の声。普通の会話だったならここまで耳に入る事も、気にする事すらもなかっただろう。
何だかトラブルの予感がして俺は声の方へと顔を向けた。一人の女性を三人の男達が囲んでいる。それだけならまだしもほぼ強引に奥へ連れ込もうとしているようだった。
「……全く」
連れ込もうとしているって事は恐らく向かう場所に他の仲間がいると思っていいだろう。裏通りには貧しい者達だけではなく、柄の悪い盗賊まがいの者達もいる。冒険者ならまだしも戦い方も知らない一般人ではままならない事もよくあるのだ。
「いいじゃんかよ、こっちで遊ぼうぜ?」
「お詫びしてくれるんだろ」
薄く笑みを浮かべて力任せに引っ張っているようだ。
相手の女性はやはり筋力では勝てないらしく、抵抗してもほぼ無意味と化している。
男一人ならまだしも、三人相手じゃ仕方ないかもしれない。見た所、十字架を下げているからシスターか?
…何故シスターがこんな所にとは思うが、今は考えるよりも動くべきか。荷物がないから気にせずに動けて助かる。足早に歩を進めそちらに向かう事にした。
「おい、お前ら。シスターは嫌がってるみたいだぞ」
「・・あぁ?なんだてめぇは」
「てめぇには関係ねぇだろうが」
随分と勢い良く睨まれる。まあ、当然と言えば当然か。そもそもこんな所で目立つ事をしてる方がいけない。
「大体シスターが悪いんだぜ、ぼんやりして人様にぶつかるからよ」
…つまりは奴らに体のいい隙を与えてしまった訳か。
「シスターがぶつかった位で駄目になるほど、あんた達はやわな体も精神もしてないだろうが。五体満足で自分達の寝床に帰れる内に彼女を放した方がいいと思うがな」
皮肉を込めて一歩、また一歩と近づく度相手へ明確な殺意と敵意を見せる。
「…俺が言いたい事、理解出来るだろ?」
「…!」
三人の内、一人がすぐさまそれに気付いたらしい。おそらくリーダー格だろうか。俺をまじまじと見やった後、みるみる内に表情が強張っていった。…俺を知ってるのか…?
「コイツ…死神か…! おい、引くぞ。相手がわりぃ」
やけに物分かりがいいと思えば、・・・そういう事か。知っていると言っても今現在の俺ではなく、昔の頃の俺を知っていたようだ。
最早シスターの事などお構いなしと行った様子で男は裏通りの奥へ立ち去って行く。
「お、おい!?何だよ、いきなり!」
「待てって!」
シスターの腕を掴んで離さなかった二人も不思議そうだ。だがあまりの仲間の様子の違いに不安になったのか、立ち去る仲間と俺、そしてシスターを交互に見比べた後、情けない声を上げ追い掛けていってしまった。
…一発位仕掛けてくるかと思っていただけに、正直意外だった。
「ひとまず表通りへ出よう、こっちへ」
自分の推測していた結果とは違っていたのかは不明だが、目を丸くさせているシスターへ俺は声を掛ける。
「……あ、はい」
後ろについて来る気配を感じ、俺はあとわずかで抜けられる裏通りを歩きだす。
ほんの数分で明るい通りが見えてきた。
抜け切ると見慣れた町並みが視界に広がった。ここまで来れば落ち着けるか。
「大丈夫か? 災難だったな」
振り返ってみるとシスターも多少なりとも安心出来ると判断してか、安堵の息を吐いていたようだった。
「はい、大丈夫です。少し驚いてしまったけれど…」
「ならいい」
シスターにしてはリューン内で見かけた事がない女性だ。とりあえずは教会にでも連れていくべきかと考えていたら、腰に変わったデザインの杖を下げている事に気付いた。
「もしかして…あんた、同業者か?」
ああいう変わった杖をただのシスターが持っているとは考えにくい。そう考えると出てくるのは一つだ。
「え?」
「冒険者なのか?」
「はい、・・・そうです。……という事は貴方も?」
意外そうに彼女は口を開いた。
「ああ、俺も冒険者だ。依頼の帰りに偶然あんたを見つけてな」
「そうでしたか、改めてお礼を…本当にありがとうございました」
深々と頭を下げられてしまった。そこまで丁寧に頭を下げられても・・・困る訳だが。
「私はルシルと申します、貴方のお名前は?」
「ガヴァナーだ。あとそんなに頭を下げないでくれ、大した事はしてない・・・通りがかっただけだ」
「そうですか? ふふ、ならそういう事にしておきます」
俺の返事の何処が面白かったのだろうか。ルシルと名乗った女性は小さく笑った。
彼女が冒険者だというのなら送る場所も決まっている。宿を聞いてみると俺が主に世話になっている宿から離れた宿だった。
いくら俺が牽制したとはいえ、先程の奴らが来ないとも限らない。宿の前まで送ると告げるとルシルは断る気配を見せなかった。それどころか無垢な笑顔で「お願いします」と言われてしまった。彼女の道案内を受けながら俺達は歩き出す。
「あいつら、ぶつかってきたとか言っていたが…」
「えぇ…不注意でぶつかってしまって。まさかこのような事になるなんて思いませんでした」
…そりゃそうか。ああいった連中でなければ、おそらくぶつかったとしても「すみませんでした」程度で特に何事もなかったはずだ。
「ついてなかったな」
「これは神の試練であった…、と考えてますから何ともありません」
「神の試練、ねぇ」
俺の育った環境のせいもあったのだろう、彼女の言葉の響きにとてつもない違和感を感じた。
「えぇ、そうです。けれどその試練を乗り越える為の努力は当然必要なのですけどね」
「…神様は助けちゃくれないって?」
意図せず呆れた吐息がついて出た。
「…そうですね、言い方はよくありませんが確かに神は明確なお言葉を授けてはくれません」
てっきり説教されるかと思いきや、彼女が掛けた言葉は意外な物だった。少し寂しそうな笑顔を浮かべているのが隣からでも見て取れた。
「でも」
「?」
暗い空気が消えて、ルシルがこちらを向いた。
「そう悲観した言い方はしない方がいいと思います、幸せが逃げて行ってしまいますよ」
そう言ってふわりと、笑った。
幸せ、か。そういったものなんだろうか。
考えた事なんてなかったな、そんな事。
自分じゃ悲観したつもりはなかったが、周りからすれば悲観した言葉に聞こえるんだろうか。
「あ、ガヴァナーさん。あそこに見えるのが私達が拠点にしている宿ですよ」
ルシルが前方を指差した。言われて先に見えるのは宿特有の看板。それがハッキリと見て取れる位にまで近付くと木彫りの看板に『東雲亭』という名が刻まれていた。
「東雲亭、か」
「はい、あの看板って雲をモチーフにされているんだそうですよ。お知り合いの職人さんに作って頂いたとかで・・・近くで見ましたけれど、とても細やかなお仕事ですよね」
「看板は宿の顔、丁寧な看板はそれだけ目を引くからな」
「そちらの看板はどんなものなんです?」
「・・・確か、龍が吐く炎をモチーフにしているんだとかどうとか」
そういやきちんと見た事がなかったかもしれない。いつもの事過ぎて特に見る事もなかったっけか。
「どうして曖昧なんです?」
「いや・・・あんたみたいにきちんと見ていた訳じゃなかったんでな」
「ふふ、一度はきちんと見てみる事をオススメします」
「覚えてたらそうさせてもらうよ」
あとドアを潜れば宿の中だ。これなら心配はいらないだろう。
「とりあえず役目は終わった。俺はこれで・・・」
言いかけた時だった。
ほんの僅かだが魔力が収束する気配から大きく膨らんだそれがまっすぐ、俺達が来た方向から飛んでくる。
眼前に迫る白い閃光。勘でなかろうと気付かざるを得ない…これは魔術だ。そしてまやかしでもなく、それは俺達の方へと飛んでくる。
このままじゃ俺はともかく、いくら冒険者をしているとは言えルシルが危険だと感じた。
「危ない…!!」
咄嗟に彼女を引き寄せ、俺の後ろへ庇うように移動させた。不思議そうな驚くような声がすぐ側で聞こえる。返事する事も出来ず、俺は空いた片腕で身を守りつつ閃光を受け止める事にした。
勢い良く近付いてきた閃光が構えていた俺の腕に命中する。さして威力がなかったからなのか、瞬間強く瞬いただけで大した衝撃はなかった。
俺を狙ったのかそれともルシルを狙ったのか分からないが、命を狙った…にしては生温く感じた。
「ルシル!」
閃光が飛んできた方向から強気な女性の声。怒ったような慌てたような…そんな声でルシルの名前を呼んでいる。この言い方は…殺そうというよりは、むしろ心配している気もした。
まずは危険は去ったと見るべきか? 引き寄せていたルシルを放す。同時に注視していた前方からは、一人の女性が現れた。
肩までの鮮やかな金色の髪。大きく胸の開いたドレスに身を包んだ目立つ女性だった。明らかに気の強そうな視線は俺を一瞥し、抱いてるであろう不審さを隠しもしない。
…何かしたかと考えてみたが特に思い当たらなかった。
「セリエナ…?!」
「ルシル、こっちへいらっしゃい」
おそらく知り合いなのだろう。驚くルシルをよそに、セリエナと呼ばれた女性はカツカツと靴音を響かせ近付いてくるとルシルの腕を取った。
割り込んで来たと思うと、店の入口まで無言で歩いていく。ルシルは不思議そうにしたまま引っ張られている。
俺と距離を空けた事を確認してから、セリエナがこちらに向き直った。
「ルシル、貴女あれだけ気をつけなさいと言ったじゃないの!」
「セリエナ!ちょっと待って…」
「いいから下がってなさい」
・・・・・・・・・・・・。
………えーと。
完璧に勘違いされているみたいだな・・・。
当然何にもしちゃいないんだが。残念な事にこういう状態の相手には俺が何を言っても逆効果になるだけだろう。俺が出来る一番妥当な判断なのは…恐らく大人しくここから立ち去る事と言った所か。
どちらかというと言葉で上手く伝えられるタイプではない俺が、上手く説得出来る自信はなかった。
大体先手で魔法を撃って来るような相手だ。再び撃つ事に躊躇いはなさそうでもある。
間違いはなさそうだが確認は必要か・・・?
「…ルシル、その人は仲間なのか?」
「えっ? はい、そうですけど…」
そうだよな、こちらから見ていても随分と気心が知れた仲のように見えるし。
「そうか、ならいい。俺はここで失礼するよ、いなくなってから説明してやってくれ」
「え…!待って下さい、ちゃんとしたお礼をまだ・・・」
「感謝の言葉なら十分貰ったさ、じゃあな」
無理矢理言葉を打ち切り、背を向けた。ルシルの方は納得がいっていないようだが相手の視線の強さが変わる気配がない。
なんだかんだ時間がかかってしまったが…そろそろ帰らないと宿の親父に文句言われそうだ。
ルシルには悪いが今だに怒った様子の仲間を任せておく事にし、俺は足早に帰る事にした。


 
「もう!セリエナ!? 話を聞いて!」
ガヴァナーの後ろ姿が見えなくなった後、ルシルは久しぶりに声を荒げた。
ルシルは既に分かっている。セリエナはただ勘違いをしているだけなのだと。
だがセリエナが身を案じるように、ならず者に声を掛けられる事はよくあった。それはルシルの清楚さや素朴な美しさに惹かれたからという理由もある。だからこそセリエナがいち早くそういった匂いを嗅ぎ取り、ルシルを狙うならず者を返り討ちにしてきたのである。
…が、今回の相手はいつもの手合いと違っていた。実力が伴っているのもそうだが、相手は至極冷静だった。
「セリエナ、聞いてるの!?」
「聞こえてるわよ、あなたこそどうしたのよ」
「どうしたのじゃないわ! さっきの人、私を助けてくれた人だったのに…」
「助けて…って・・・」
セリエナも自分が牽制で放った魔法弾を藍色の髪の男が受け止めたのは見えていた。セリエナはそれの事かと思ったが、ルシルの様子からしてどうも違うと気付き始める。
「・・・あの人は、ガヴァナーさんは心ない人達から助けてくれた人なの!」
「……」
ルシルの必死な言葉にセリエナは何度も聞いた言葉を頭の中で反芻する。
「一人で帰ってまた同じ事があってはいけないからって、わざわざ送ってくださったのに! もう!」
根本的に早とちりしてしまった事に気づいたセリエナは、改めてしてしまった自分の行為と普段は大人しい以上に怒ると怖いルシルを自分の目に映っている事に思わず目が眩みそうになった。



END

つゆさんのお子さんルシルちゃんと繋がりを持たせて頂いたので、
書かせて頂いた小話でした。

その後日談はこちら