その後の話 Side・ガヴァナー


「随分と遅かったな、問題でもあったか」
珍しい相手が簡単な依頼を珍しくスムーズに終わらせられなかった事に気づいた古龍の息吹亭の店主が意地の悪い笑顔を浮かべた。朝のピークを過ぎた店内は嘘のように静かだ。ちらほらと客足はあるが常連の顔がほとんどだった。
「・・・何嬉しそうな顔してるんだあんたは」
戻ってきたガヴァナーは反対に呆れた表情で息を吐く。少し遅くなった事が珍しいと分かっている店主が、自分をどうからかおうとしているのか手に取るように分かり目を細めた。
「なぁに、だってよく受ける依頼だろう?」
「それは親父がどういう訳かこっちに回してくるからだろうが」
「こういうのは中堅くらいがやった方が信頼の程度が違うんだよ」
店主が言いたい事はガヴァナーにも分かる。荷物を運ぶ簡単な依頼だとは言え、侮ってはいけない。受け取る相手は新人であればそれなりに荷物が無事であるか 不安に感じる。だが依頼のきちんと理解してやっていけている中堅レベルの冒険者ともなれば、それだけで相手も安心して待っていられるのだ。
「だからって人をからかおうとしている理由にはならないだろ」
ガヴァナーは嘆息しカウンター席へと着いた。目の前に立つ店主に受領証を手渡した。店主は上手くはぐらかしながら受領証に目を通すと上手く達成出来た事に小さく頷いて見せた。
「おし、ご苦労さん。・・・何にする?」
「酒以外の喉が潤うもの」
「お前さん、あまり昼間に酒飲まなかったんだったな。珍しい」
とりあえず冷えた水をコップに注ぎ、店主はガヴァナーの前へと置く。
それを手にすると彼は喉を鳴らしながら一気に飲み干した。
「夜にしか飲まないって決めてるだけだ」
「ふーむ、お前さんはなんというか真面目だよな」
「そうか?」
「昼間からでも遠慮なく酒飲み干してる連中ばっかりだからな、普通は。後は・・・」
「酒が飲めない奴、だろ」
「それとまぁこの宿は変わり者ばっかり集まってるからなぁ、どういう訳か」
今度は店主が溜め息をついた。困っているようにも自慢げにも見える。
ガヴァナーが知る限りでもやはりこの「古竜の息吹亭」はどこか変わった宿ではあった。確実に人ではない者・・・異種族が多く出入りしているし、人間であったとしてもクセのある者が多い。
それはやはり変わった者が吸い寄せられる・・・つまりはこの宿の店主の気風があるのではないかとガヴァナーは思ったが、敢えて口には出さなかった。
「・・・ああ、そういや」
ゆったりとしたこの空気感が何処か我が家と感じさせるんだろうと今更な事を思っていた矢先、とある事を思い出した。
「親父さん、一つ聞きたいんだが」
「ん? なんだ?」
「外に掛けてある看板・・・あるだろう?」
「ああ、あるな。自慢の看板だ」
店主の頭の中には既に外へ飾られている看板が想像出来ている。そして真面目なこの常連は何を言い出すのだろうと少し気になった。まさかどこか欠けていたとか、そんな報告を受けるのでは・・・と気が気ではない。
「あれのモチーフを詳しく聞いた事がなかったな、と思って」
店主は想像もしていなかった内容に口をあんぐりと開けてガヴァナーを見やっていた。確かにそういった事を聞かれた事はあまりない。正確に言えば異種族の者は聞いてくるが人間はあまり聞かれた事がなかったのだ。
「・・・どうした、突然・・・」
「・・・どうしたって。なんとなく。自分が普段から利用している宿なのに詳細を知らないと思ったからな」
静かに告げたガヴァナーの脳裏にうっすらと蘇ったのは今日出会った一人の女性の穏やかな笑みだった。



END