異種族は考える 「ジュア、冒険者として動いてみてどうだい?」 古竜の息吹亭というのは変わった宿だ。本来なら奇異の目で見られがちな亜種族が多くいる。 一見人間と風貌が似ているものから、独自の風貌を持つもの。 そんな彼等も人間同様に様々な人格を持ち合わせ、日々暮らしている。他の宿ではそうは簡単にいかないものだ。 亜種族の代名詞では僕のようなエルフや、頑固者の多いドワーフ辺りが有名なんだろうがそれでも物珍しい目で見られる事はある。 「んと、ぼーけんしゃ、たいへん」 ジュアは目に見えて分かる亜種族だ。先程の分類で言うなら後者に当たる。 名をアルタハ=カーナと言う。左腕が右足がその先まで鳥族のような爪を持つ。腕は肩まで、足は膝辺りまで羽毛で覆われている。透き通るような白い髪に映え るであろう、耳に等しい聴翼も特徴的だ。 彼等の側には常にコアトルと呼ばれる金の翼と尾の生えた白蛇が付き従っている。森林の奥深くに住む彼等は他種族に対して排他的どころか友好的だが、本来な らばこうして人里へ降りてくる事も珍しいという。 「確かに大変だね。君のいた村とはだいぶ違うんじゃないかい?」 「うん。リューン、ジュアの村、ちがう。いっぱいちがう」 この宿の冒険者である古龍の一人−アポカリプス。彼が偶然にもジュアの村を救った事がきっかけで、ジュアは外の世界に興味を持ったようだ。今では彼の娘、 アリシャが面倒を見ている。 当然こちらの言語は分からないのでジュアは今勉強中だ。まだ上手く発音出来ないようで喋る時は片言になってしまうが。 「嫌になったりしないのかい?」 「いや? なんで?」 「だって、ここまで違うとは思ってなかったんじゃ・・と思ってね」 「うん、びっくりした。リューンことば、むつかしい。でもみんな、やさしい」 正直な所、ジュアはこの宿で良かったと思っている。ここまで亜種族に寛容な宿も数少ないだろう。 ジュア自身も純粋な性格だからこそ受け入れられているんだろうとは思うけれど。 「そうか、ならいいけれど」 僕達に出来るのは正当に人間の世界を教えてやる事。色眼鏡なく伝えてやる事だ。 森に住まう者同士、彼にはまっすぐ育ってもらいたいと願ってやまない。 「おや、ジュア随分と難しい顔してるね。どうしたの?」 カウンター側からやって来たのは共に行動しているメンバーの一人、アビス。彼は人間の占い師だ。僕達のパーティ内では人間は彼とデスティンだけ。 彼の服装は独特で、聞けば砂漠の都市から遥々やって来たのだそうだ。 ジュアも悪い顔をするどころか、アビスから聞く話を興味深く聞いているようだし懐いている。彼自身も子供が好きなのか可愛がってくれているようだ。 「むつかしい、かお? ジュアむつかしい、してる?」 意味が伝わらなかったのか、ジュアが不思議そうに首を傾げていた。 「ああ、してるぞ。ん〜〜って」 そう言うとアビスもさっきのジュアのような表情を作ってみせた。彼の表情を見てジュアも納得したようだ。 「あー・・んと、ラファエルに、聞かれたの」 アビスは僕等のテーブル−空いた席へと腰掛けた。 ・・・随分とカウンターの方が騒がしいみたいだけど、何かやっているのか? 「なんて聞かれたの?」 「ぼーけんしゃ、どうだ? って」 「そういえばそう言う位には冒険者やってるか・・・」 「うん、みんなおかげ」 ジュアは無邪気に笑う。荒んだ世界を知る者にとってはそれだけで救われるに違いない。 「ジュアはいい子だね、この純粋さを見習って欲しいものだよ・・・」 アビスも僕と似た思いを抱いていたらしい。腕を伸ばしジュアの頭を撫でていた。言葉の後半は大きな独り言だったみたいだが。 「・・・・・・いや、無理だな・・・・・・」 「? アビスー?」 そういや双子の妹がいるって言ってたか。・・・一方的に苦手意識があるみたいだけど。 大人で純粋過ぎても騙されるばかりだと思うんだけど。とにかく我儘で空気を読まないとしか聞いてないけど、・・・ってその妹今日来てなかったか? そうなるとアビスが来たカウンター方面にいるのか。姿は見かけなかったような・・・。ゆっくりとそちらへ顔を向けてみる。カウンターの奥から聞こえている であろう不穏な音をバックミュージックに、何処か疲れた表情をしたデスティンがこちらにやってきていた。 「駄目だ、調理場終わった」 そう、真剣に呟いた。 「調理場? 親父さんの聖域だろう? もしかして・・・」 僕が最後まで言う前にデスティンとアビスが頷いた。ほぼ、同時期に。 「私は妹が入った時に終わったと諦めていたけどね」 「ちょっとした惨劇ですね」 ・・・どれだけ酷いんだ。いや・・・奥から聞こえてくる音から推測すればなんとなく想像はつく。 「さんげき?」 「酷くて見ていられない状況って事かな」 「むごいよ、一部食材に対しての拷問だもの」 「ふーん、ジュアみてくる!」 興味を持ってしまったらしく、ジュアは身軽に椅子から降りるとパタパタと駆けて行ってしまった。 「僕は疑問なんだが、何故そんな惨劇をするような人物達を中に入れたのかな?」 「さぁ・・・」 デスティンは少なからず理由を知らないらしい。 彼の場合は興味がないって可能性もあるけれど。 彼はこのパーティのリーダー、という事になっている。言い方が曖昧なのには訳がある。普段、デスティン自体にリーダーの意識があまりないのがその主な理由 だ。 ・・・意識がありすぎても困るがね。 ミスティがデスティンにリーダーをさせるべきだと強く進言し、僕を始めとした周囲もあまり反対の意思を見せなかったので結局彼がリーダーとして落ち着く事 になった。 ただデスティンはさっきも言った通り、全体的に興味が薄い。物事にも人間関係にも。依頼の時はしっかりしているように見えてるが。・・・ある意味大物の器 の持ち主という事だろうか。 「どうやら女性陣だけで料理を作ろう、って流れになったと聞いたけど」 アビスが小さく肩を竦めた。 「料理になっていればいいがね」 「・・・無理、でしょうね」 流石見てきた者の言葉には重みがある。静かに吐き出したデスティンからは溜め息が漏れた。 「たいへん、たいへん! ラファエル!」 珍しくジュアが慌てた声を出し、こちらへ駆けてきた。 「どうしたの?」 呼ばれたので声を掛ける。ジュアは僕の側まで近付くと、白衣をクイッと引っ張った。 「たいへん、はもの、ズバーッ」 「ああ、分かった分かった。・・・ちょっと行ってくる」 おそらく包丁で指を切った、って所だろうか。簡易治療具なら常に腰に備えてあるし、余程酷くなければ問題ないだろう。 ジュアに連れられてカウンターまで行くと声が聞こえてきた。 「大丈夫大丈夫、このくらい」 「ホントにー?」 話からして大きな傷ではないみたいだな。 「ラファエル、あの、あのおねえちゃん!」 切った瞬間でも見ていたんだろうか。ジュアの慌てぶりとコアトルの動きがシンクロしている。 「あの人だね。分かった、僕に任せてジュアは戻って落ち着いておいで」 このジュアの様子からすると随分勢い良く切ったんだろうる落ちつかせる為に彼の頭を優しく撫でてやる。 「だいじょうぶ?」 「大丈夫だよ」 不安そうにしていたが、もう一度頭を撫でて微笑んでやる。 「うん!」 あれだけ不安にしていたジュアの顔も安堵に変わって、二人の方に戻っていく。ジュアを見送ってから調理場を覗いた。 ・・・想像を超える悲惨さだった。どう料理すれば床に血痕飛び散り、壁に煤がへばり付いているのだろう。 綺麗に切断された魚の頭が皿の上に盛られている。まな板が生き地獄と化している。 原材料が不明の最早食べ物ですら分からないものが並んでいた。 一体誰が片付けるのだろう。この酷い有様を。 そんな事を片隅で考えながら、背の高い金髪の女性が一人、血まみれの指先とにらめっこしていた。 「あー、そこの怪我している君」 何の調味料の臭いなのか、あまり嗅ぎたくない異臭がする調理場へは入りたくないので、あくまでも外から声を掛ける。 彼女の向かい側では―多分アビスの妹だろう―が魚の尾びれを摘み上げて、気持ち悪いと言っているし・・・。じゃあ何故魚を捌いてるんだ、あの子。 「? あたしの事か?」 当の本人は自分が呼ばれた事に不思議そうだ。 「君以外に怪我している人がいるのかい、血を止めたいんだろう?」 「え、これ別に怪我って訳じゃ・・・血は止めたいけど」 「なら早く来る。ああ、手は降ろさないように!」 随分と自分の怪我の割には雑な扱いをする子だな、全く。この子は古竜の息吹亭では見かけないから、違う宿の冒険者だろうか。 見ただけでの推測では戦士か? 未だに不思議そうな表情のまま、その子は僕の前にやってきた。訝しげな表情を隠しもしていない。 「ほら、手を前に出して」 「なあ、あんた誰? 何すんの?」 「僕はこの宿の冒険者、そして医者だ。そしてこれからするのは君の指の手当て、これで納得してくれたかい?」 簡易治療具をいくつか必要な物を取り出す。傷口を見れば切り口は深いが支障はなさそうだ。 そして血に滲んだ手に見える武器を持つ者特有のたこ。まずは血を拭い、塗り薬を傷口に塗り終えた。 「そのまま、じっとしてて」 「あぁ、うん」 ガーゼを適度な大きさに切って、それを彼女の指にあてがう。 「こういうものはすぐに手当てするべきだよ」 「でも軽く切っただけの大した事ない傷だし、平気と思って」 「・・・君、戦士だろう?」 「まぁ、そうだけど」 「女性だからと差別するつもりはないよ。ただ君ら戦士や剣士と言うのは自分の傷を疎かにしやすい。どんな小さい傷だろうが、それが武器を握る手の傷なら尚 更だ」 中には傷を勲章と履き違える者もいる。そんなものは医者の身から言わせれば自慢出来るものではない。 「たかが小さな傷と侮っていると痛い目に合うよ。自分が丈夫であるならば常に万全でいなければ。僕も武器を扱う、手は自分が戦う命にも等しい。疎かにして 死に近付くのはあまりにも愚かだ・・・と終わったよ」 治療をした者の中には、己を過信し結果、命を落としてしまった者達もいた。 医者には人の命を救う為にある。死に行く者の為に治療するのではない。 「何だか説教みたく聞こえてしまったら済まない。歳を取ると説教くさくなっていけないな」 彼女からすれば突然まくし立てるように言われてさぞかし驚いた事だろう。 「いや・・・そんな事今まで考えた事なかったら、びっくりした」 まくし立てられた事に驚いたのか、彼女は目を丸くしていた。見知らぬ相手に小言を言われたら仕方のない事かもしれないが。 「あと、手当てすんのすげぇ早かったし」 「医者だって言っただろ? この位は出来ないとね。その指、きちんと動くかな?」 彼女が確認をしている間に出していた道具を片付ける。 「うん、平気そう」 「そう、なら良かった。あとお節介ついでに・・・」 と白衣のポケットを漁る。確かまだあったと思ったけど・・・、と指に馴染んだ容器が触れた。容器を掴んで取り出し、彼女の手の上に乗せる。きょとんとした まま彼女は容器を見下ろした。 「何これ」 「薬だよ、さっき塗ったものと同じ塗り薬。寝る前でいいから一日に一回は取り替えて」 「え? あ、うん」 実は手当てしながら気になってたんだよね。元々彼女は傷をあまり気にしない質らしい。よくよく見ると顔や腕に細かい傷がついている。きちんと手当てしてい れば消えるような傷ばかりだ。 「あとね、顔だとか腕、おそらくその調子だと足にも細かい傷があるだろうから自分で探して塗ってごらん」 うちのパーティにも近い思考のデスティンがいるからよく分かる。思った以上に傷がつくものなのだ、冒険者というのは。 「貰っちゃっていいの? この薬」 「いいよ。大丈夫だとは思うけど個人の体質によって若干の効能の差だったり、効き目が薄い事もあるからその兆候があったら遠慮なく知らせてね」 「う、うん」 「それじゃあ、邪魔したね。傷口は濡らさないように」 「分かった、なんか色々とありがとう」 「お礼なら君の怪我した瞬間を目撃していた白蛇を連れている子に言ってあげて、それじゃ」 踵を返して元いた席へ戻る。ジュアは落ち着いたかな。 カウンターでは色々と覚悟していた親父さんがうなだれているけど。 ・・・あれは流石に同情するよ・・・。早めに追い出す以外に解決策はないだろうけどね。 ジュアの様子を見に行ってから診療所へ行くとしようか。
END 新境地でひなさんのお子さんサヴェリナさんとうちのラファエルの 組み合わせでなかったら出来なかった小話でした。 |