プレイシナリオ:鬼人の町/品川コータさん 「・・・出掛けてくる」 誰に言ったつもりではなかったのだと思う。アポカリプスがぼそりと口を開いた。 気配もなく立ち上がると、彼はオレ達の返事を聞くまでもなく立ち去っていく。 「・・・・」 何か言いたいと思ったものの、こんな時に限って上手く言葉が出て来ない。静かに外へ出て行くアポカリプスが寂しそうで、つい音を立てて席を立つ。 「アーク、おやめなさい」 同じく何かを感じ取ったらしいアレクシエルに止められる。周囲を見やるとオレ以外も似たような事を考えていたらしい。 「いや・・・そういうつもりじゃなくて、・・・ごめん」 小さく周りにだけ聞こえるように言って、オレは席に戻った。 「毎年、この日だったっけか」 わずかな沈黙の後、ややあって口を開いたのはサタナエルだった。 ここ数年、アポカリプスは決まった日になると一日宿からいなくなる。この日だけは絶対で依頼も受けようとはしないし、この日に跨る依頼を受けるものなら断る程の徹底ぶりだ。 何故そうまでしてこの日に、・・・そして今日にどんな意味があるのかは分からない。 オレ達が組む前に起こった事をぶしつけに聞く訳にもいかなかった。その上、アポカリプスから重く漂う空気から只事ではないんだと理解出来たからだ。 そのおかげで今日と言う日がアポカリプスにとって如何に大事な日なのか、推して知る事が出来たけれど。 「ええ、そうです。毎年、この日、彼が"休暇"を取る日です」 簡潔にアレクシエルが述べる。とは言え、普段から雄弁には語らない彼の雰囲気があそこまで強張る瞬間を見ているだけあってアレクシエルも気にかかっているらしい。 「正直さ、何処に行ってる訳? アポカリプスはさ」 大きく息を吐き出したウリエルが首を傾げる。その疑問は皆あったと思う。ただ、理由と同じく聞かなかった。 「さあ、知っている者がここにいるのか?」 それに答えたのはアステフィルだ。 だが今度はその問いにYESと言う者はいない。 つまり、サタナエルもアレクシエルも知らないという事。知っていたとしても、無闇に喋るなと言われたのかもしれない。 「そこまで気にしているのなら尾行位しているかと思いましたが」 「俺が気にして尾行してるんならみーんな尾行してるんじゃない?」 アレクシエルとウリエルの視線がかち合って互いに探りを入れているようだった。端から見ればケンカにでも発展しそうな雰囲気だが、オレ達はそんな事がないと分かっているからただ様子を窺っているだけだ。 「それもそうですね」 「だーよねぇ・・・、まぁ流石に俺もプライバシーの侵害はしないさ。向こうから話してくれるってんなら別だけど」 気になるのは当然だ。でも相手の心情を無視して奥へと入り込む事が必ずしも良しとは言えない。 だからいつか話してくれる日までこうして待っている訳で。 「誰しにも闇はあるという事だ」 アステフィルが言う。伏せた赤い瞳は悲しそうにも慈しんでいるようにも見えた。 「それは人間だけではない、この世に生きる者【ヒト】として竜族にも不死を約束された者達にも」 強靭な力を持ち併せる種族であっても人間と同じように苦を持つ。人間とは違う、時に互いには理解し得ない苦を。 アステフィルは説法のつもりだったのだろうがやけに温かく感じられた。 「さて、俺は教会へ赴いてくる。折角の休日だ、皆も少しは考えすぎず休めておけよ」 アステフィルもあまり感情は大きく動かない。悪い感情も良い感情も。普段は物静かだけれど、こういった時にはさりげないフォローやブレーキを掛けてくれるのだ。 「・・・うん。いってらっしゃい、アスター」 目立つ黒衣を翻したアステフィルと目が合う。すると穏やかな笑みを浮かべてから出て行った。 ああ、見た事がある。 あれは・・・そう。 「父親の顔でしたね」 「父親の顔だったね」 「あれは父親の顔だったな」 一斉に同じ事をみんなが言う。考えることは一緒だったみたいだ。 そう、一人娘であるセリカちゃんに見せる顔によく似ていた。 その一面を知っているからこそ把握するのも早いが素直には喜べない。子供扱いされた・・・ってつもりは本人にはないだろうけど、どうも複雑な気分だ。 そりゃまぁ、アステフィルの方が年上なんだけどさ。 「なんというか・・・我々そんなに必死そうだったんでしょうかね」 不服そうな表情を隠さずにアレクシエルが口を尖らせた。 「ああ、遠目から見てた俺から見ても随分と心配そうに見えたな」 カウンターで皿を拭いていた親父さんが分かりやすい答えをくれた。 「そうでしたか? ・・・おかしいですね」 不思議そうに首を傾げるアレクシエルを見ながら、親父さんはやれやれと肩を竦めて見せたのだった。 ・ リューンの教会への道のりは然程遠くない。歩く大通りは日常と変わらず人々の賑やかな声が響いていた。少しだけ浮かなかった気もそれらを見ただけで紛れた気がした。 先程は柄にもなく熱くなってしまった。 仲間達の心配する気持ちはよく分かる。俺もその一人であるし、それだけあのアポカリプスが分かりやすい気配を放っているという事。 人に姿を変えてまで人間の世界で生きると決めた奇特な古き龍が、あそこまで苛んでいる。真の姿を知る俺達はだから心配するのだ。 彼は多くを語らない。いや語ろうとしない。それだけアポカリプスは不器用で口下手な人物だ。上手く相手に伝える術を知らないから直接的な表現が多くなり、それは自然に相手を傷つける事になる。故に多くを語りたがらない。 普通の者ならまだしも、打たれ強いあいつらならば平気で受け止めるだろうに。分かっているからこそ、そんなあいつらに甘えたくないのか・・・。 どちらにせよ、自分に厳しいあいつらしい。 遠くに見えてきた教会の建物が近付いてきた。 ・・・あの露店に居る長身の男、どこかで見た事のあるような・・・。 「・・・・・・あれは・・・」 「――――あ」 おもむろに顔を上げた男―アポカリプスと偶然目が合った。 手には紙袋を抱えている。これから向かう所だったのだろうか。俺としては妙な所に居合わせたと少々気まずさがある。 かと言って目を合わせた以上、無視をする訳にもいかず。そんな事を考えてる内にアポカリプスは行動を起こしていた。 露店で何やら購入した後、アポカリプスがこちらにやってくる。 「アステフィル」 「アポカリプス、用事はこれからか?」 「ああ、丁度いい所にいてくれた」 ぶっきらぼうに告げる。それを見て何か言いたい事があるのだろうと何となく察した。 「特に用がないのなら、ついてきてもらえまいか」 「それは構わないが・・・」 「こっちだ」 表情はやはり読めない。普段通りの無表情で踵を返したアポカリプスは向かう先へ黙々と歩き出した。 話すのは行こうとしていた場所へ着いてから、という事だろうか。俺も何も言わず、黙ってついて行く事にした。 着いた先は共同墓地だった。広い土地に並ぶ大小様々な墓石。そこにはリューンに住む者や中には何処の誰かすらも分からず、此処に葬られた者もいる。
「ここだ」 そこの一画、二つの墓の前に立つとアポカリプスは立ち止まった。じっとその墓を見下ろしている。それに倣うように俺も墓に視線を向けた。 一人は男の冒険者であったらしい。墓の側には寄り添うようにかつて使っていた武器が共に眠っていた。 もう一つの墓は女性の名が刻まれていた。見た事のない名前だった。冒険者という訳ではなかったのだろうか。 二つの墓の前に供えられていた小さくも美しい花束がそよ風に撫でられ揺れていた。アポカリプスが来る前に誰かが先に来ていたのだろう。 「ここか。・・・祈らせて貰っても?」 「構わない。お前ならばその祈りも真になるだろう」 アポカリプスの言葉の真意が分からなかったものの、俺は二人の墓前で祈る事にした。懐にしまっていた銀のクロスを取り出し、それを握り締め胸の前に置く。 「神よ、我らを見守りし太陽の如き神よ」 目を閉じ、彼等の冥福を祈る。 「彼等が迷わず貴方の御許へ行けますよう、彼等が誤り闇の奥へ惑わされぬよう・・・貴方のささやかな灯火を彼等にお与え下さい」 耳に流れるのは風にそよぐ草木の鳴く音。しばらくの間死者への冥福を祈り続けた後、ゆっくりと目を開けた。 「・・・感謝する」 「気にするな、これも役目だ」 「そう、だったな」 アポカリプスは微動だにしていなかった。動く気配がなかったからきっと二つの墓を見つめていたのだろう。 「我は祈り方を知らぬ」 淡々としていた。確かに竜は人間のように神に祈る事をしない。死をあるがままに受け止める。現実をあるがままに受け入れる。 それが竜というものだ。 「だが、もし・・・祈り方を知っていたとしても我に祈る権利などない」 「・・・それはどういう意味であるのか、聞いてもいいのか?」 言おうとしている事はおおよそ今は亡きこの者達の事なのだろう。 「アステフィル、これは懺悔だ」 懺悔・・・。この日に近付く度に感じていた彼の感情は悔やむ気持ちに埋もれていたのか。 「・・・分かった」 「あれはまだお前達と出会う前の話だ――」 感情薄いまま、アポカリプスは話し出した。言葉はいくつか抜けているものの、意味合いは伝わってくる。 とある依頼を受けた事から始まる、恐ろしくも悲しい話を。 その話は随分遠く離れた土地の小さい町の話だった。そして、この話を俺が聞く理由を把握した。勿論懺悔の意味もあるのだろうが、これは聖北の神官である俺が聞くべき話だったという事を。 単純に酷い話だった。それ以上に上手いやり口ではあったのだろうが、まるで詐欺師のように感じた。神官―主に異端審問官に多いが、信頼を寄せられていると同時に良からぬ噂が流れているのは俺も知っているし実際にこの目で見た事もある。 あの若き司祭は傍目だけなら悪く思う者は多くなかったはずだ。俺が会ったのはほんの数回、その上しかと話した訳でもないが・・・。穏やかな性格と気立ての良さは妬み以外の嫌う要因には成り得ない。 ああいった者程何を考えているのか分からない、等とはよく言ったものだ。彼はまさしくそれであったのだろう。 「――以上だ」 喋り終えたアポカリプスは怒りも見せる事もなく、口を閉じた。ただ小さく息を吐き出しただけだった。 「・・・彼女は? その一件以降、会う事はあるのか?」 「いや、あれから再会は果たしていない。ただ・・・風の便りで冒険者を引退したと聞いた」 彼女の中でも忘れたい程辛い出来事であったに違いない。それでも彼等の墓には足を運んでしまうのか。・・・運ばざるを得ないのだろうか。 墓前に見える花束を見下ろし彼女の平穏な日々を祈った。 「仕方なかろう、会う理由もない・・・それに向こうも我の顔は見たくあるまい」 僅かにアポカリプスの目が細まる。彼女の前で想い想われていた者の命を断ったならば、顔を見たくないと思われても仕方がないのかもしれない。 「そうか」 「アステフィル、あの男に会った事は?」 「通りがかりに挨拶程度なら何度かは」 「今、奴はどうしている」 苦笑いを交えて呟いた。答えればすぐにでも向かってしまいそうな冷たい光を帯びた視線を瞬時に感じた。それを殺意と感じるのは容易い。 言うべきかと悩んだが、ここは正直に言うべきだろう。アポカリプスならば軽率な行動はするまい。それに、軽率な行動すら出来ないのだから。 「司祭は・・・死んだよ」 アポカリプスの表情が初めて動揺が色濃く浮かんでいる。余程司祭が死ぬような人物には見えなかったらしい。実力・・・という意味ではなく、世渡り・・・という意味が強いのだろうが。 「・・・いつだ」 「一年程前だったか、不可解な事故というのか・・・殺人なのか、それで死んだ」 「はっきりせんな。何だ、それは」 「死んでいたのは司祭の個室。死体は二つ、司祭と司祭の護衛付きの神官騎士だ。神官騎士は全身の筋肉が切れており、骨も砕けていた。司祭は人間の力では不可能であろう腕力で引き千切られていたという推測だ」 あまりの凄惨さに何人もの神官が耐え切れず部屋から出て行った。俺も他の者よりは見慣れているとは言え、流石に眉をしかめてしまったのを覚えている。 乱雑になった室内は零れた薬液と最早塵と化した羊皮紙達は薬液と血糊に塗れていた。 そして人の形にすらなっていない二つの遺体。あれを例えるのなら無邪気な子供が人形を強く引っ張り破いた――というのが一番納得の出来るかもしれない。 「俺はその日朝から神殿に居てな、随分と慌ただしかった上に同行を求められて現場を見てるんだ。確かに司祭だったぞ」 「・・・はっ、未だに完全なる薬を求めて研究を進めていたか。鬼人め」 鼻で笑う。だが、その結末を待ち望んでいたかのようにも聞こえた。 「何も罪のない者達をあそこまで死に至らしめたのだ。直接手を下さずとも、人の摂理を超え命を弄んだ・・・当然の結果だ」 そう言って、アポカリプスはゆっくりと目を閉じる。彼にとって最大の敵だったであろう司祭に対し、何を思い馳せているのか。 「もし、生きていたとしたら、お前はどうする気だった?」 「・・・安心しろ、アステフィル。お前が考えているような事をするつもりはない」 ようやく口元に笑みを浮かべたアポカリプスが俺を一瞥する。髪の間から伺える金色の瞳には、俺が予想していた感情は消え失せていた。あの凍えるような殺意の片鱗もない。 「あの男にだけは二度と顔を合わせたくない。神の使徒とほざきながら己を神であると妄想していた傲慢な男に相応しい最期で良かったと心の底から思う」 「・・・」 「あの男の部屋にあった物・・・特に薬は残っていたか?」 「いや、片付けていたが見事に砕けていた。余談だが今ではその部屋を使っている者はいないらしい、他に質問は?」 「ない。あの薬は存在してはならんのだから無に返ったと分かればいい」 教 会側は不可解な事故として処理をしたようだが、あれを実験事故だと分かる者はいたのだろうか。鬼人薬がまだ失われておらず、隠れて完成させようとしている 者がいるとしたら・・・。また恐ろしい事が起こるに違いない。そして聖北に暗部が存在しているのは揺るがない事実なのだ。 「・・・珍しい、お前が考えを表情に出すとはな」 「顔に出ていたか・・・?」 「ああ。真に消失したのか疑問なのだろう? あの男のように神の為に働くだけではなく、欲に囚われてあの薬を生産しようとする者もいよう――我も分かっている」 アポカリプスは道中購入していた酒やつまみを墓前に置く。もう一つの墓前にも花を供えると、踵を返した。 「ならば叩き潰すまでだ、薬がこの世から消えるまで」 「もう・・・いいのか?」 「構わん。他の神官は知らぬが・・・アステフィル、お前の祈りは神に届く祈りであると分かっている。十分だ」 ――お前ならばその祈りも真になるだろう。 その意味が少しだけ分かった。アポカリプスは確実に教会への不信感を持っている。司祭に関してだけではなく、種族の違いから来る価値観もあると思う。 それでも俺個人を神官として信用してくれている。そういう事なのだろう。 「・・それに宿で心配している奴等もいる事だしな」 「分かって・・・いる、だろうとは思っていたが」
「全く・・・心配のしすぎだ」 「皆、それだけお前の様子が違う事に気づいていたんだよ」 「・・・。仕様のない」 「そう言ってやらないでくれ」 「分かっている」 俺は苦笑する。つられたのか前を歩くアポカリプスからも小さく笑う声がした。 END |