夏風邪の悪夢 迂闊だった。人間ってのはこういう厄介さがあるのをすっかり忘れていた。 クソガキが言っていたがいくらオレ様に体力が皆無だったとしても風邪を引く事自体が今までなかった。当然だ、見た目は人間だが中身は人間じゃないんだから。 ・・・喉が痛い。声を出そうにも掠れて満足に喋れもしない。身体がだるくて、重い。魔力がこもって上手く放出出来ない感覚に似た熱さ。 人間の病にかかるという事はそれだけ人間の世界に馴染んできたということだ。あの姉貴達に知られたらさぞかし笑い者にされるのは間違いないだろうさ。夢魔が風邪を引いた、だなんて。オレ様だってそんな話を聞いたら笑う。 悪魔は人間なしでは生きていけない者も多い。けれど自分達よりも劣る人間を対等に見る悪魔となると数多くない。姉貴達もその他の悪魔同様の価値観を持っているから確実だろう。 他人に指摘されりゃ腹が立つものだ。だがその実、嬉しかったりもする。人間とは遠く離れた存在だとしても、人に近づける事は可能なのだと。 でも近づいてどうなる訳じゃない、不安だって勿論あるし何故嬉しいのかも正直よく分かってない。普通の夢魔とは少し違う、それもこの心境に多少は影響があるのではないかとは思ってるが。 「だりぃな・・・」 この宙に浮いた感覚が気味悪くて、同時に気持ち良くもあって複雑な気分だ。酒を飲んだ時とも、薬を飲んだ時ともまた違う。何もすることがなくて天井を見ているが視界がぼやけていた。仕方なくゆっくりと目を閉じた。今なら何一つ気にすることなく、じっくりと眠れそうだ。 当然意識を手放すのに時間はかからなかった。 真っ暗闇の中、不意に目が覚めた。身体のだるさは未だに健在で、まともに動きそうもない。欠伸を噛み殺しながら動ける範囲で周囲を伺う事にした。 ・・・夜には違いないようだが一体どのくらい寝てたんだ? サンちゃん達は帰ってきたのか? まさかしくじった、のか? まさかな。オレ様がいなくたってあいつらのチームワークならば問題ないはず。 本当に初めの頃はどうなるのか不安になる程度には意思の疎通もままならなくて、早々に解散するかもしれないなんて思っていたものだ。 実際はどうかは分からないが初めから安定していたのはプラード、おっさん、リコ位だ。おっさんを除く二人はリューンという状況に慣れていなかった、なんて不安はあったかもしれない。 一番変わったのはクソガキ、もといクロリスだろう。訳有りのようだったし、全ての行動においてネックだったことはきっと本人も気付いていたのだろうと思 う。オレ様の前じゃ当時とさして対応が変わってないが、リコにべったりだった昔と違って今はサンちゃん達にも心を開いてきているのが見て分かる。オレ以外 の三人は害のない相手だと分かっているからか、クロリス自ら側に行く事だって珍しくなくなった。男が苦手なのは相変わらずだけどな。 「・・・ごほっごほっ」 そういう意味じゃオレ様がいない方がスマートに進むかも、とも思ってる。・・・だからなんだ、って話だな。自分と同じ魔術師よりは上手くやれる自信はあるのだし。 ・・・馬鹿らしい。不安だってか? 身体が弱ると心も弱るとはよく聞く。ラグナスがいる教会で熱を出したガキを診ていた時、あいつがそんな事を言ってたっけか。 悪魔だろうが大人だろうが変わらないんだな、不安に秘めている事があるせいで余計にそう感じているのかもしれないが。 それとだるいものの少しだけ腹が減ったな。何時間眠ったのかは分からないが、この暗さでは本来十二分に休める程には睡眠を取ったはずだ。精気じゃなくてもいい。普通の食事がしたい、・・・精気はその後。 「・・・・・・」 それに肌と肌が触れ合うあの熱に似たものが欲しい。夢魔なら快楽だけでこと足りるのにオレ様はそれだけじゃ足りない。・・・気がしている。 『キャスってぇ、すごくワガママよねぇ』 ・・・片割れの姉貴が甘ったるい声でそんな事を言っていたのをふと、思い出した。 また眠っていたのだと気付いたのは、自分の意識が浮上し数分が経過してからだった。 今、何時なんだ・・・? 窓を見るが外はまだ暗いままだ。あれからあまり経ってないのか? あいつらはどうしてるのやら・・・。待ってるだけってのは辛いな。出来る事なら向かって残っている事を終わらせてやりたい。 信じて待っているだけなんてオレ様の柄でもないし、そんな事をしたくない。行動しなきゃ手に入らないものも手に入らないんだから。――なんて、偉そうに言えたもんでもないか。 夜目のおかげでうっすらと見える天井を見上げて、さっきよぎった思考をした自分を笑った。声を出したつもりだったが、実際に声は出ていなかった。 オレ様が人間達の世界に居座ろうと答えを固めたのはラグナスがきっかけだった。それは重苦しい理由などではなくて、もっと単純明快な理由。退屈だったのと こちらに来れば好みの人間が多く居て食事にも困らない事。定期的に自分の好みの人間からご馳走まで手に入って、適度なスリルもある――ただそれだけの答 え。 でもあいつを少しずつ知っていくようになってラグナスがどれだけ深く重く悩み続けているかという事に気付かされた。今もずっと戦い続けている。月が満ちる 度に恐怖し、祈り、清め続けている。ライカンスロープの病にかかった日から今日まで。恐らくこれからも・・・それは死ぬまで永劫逃げられないのだろう。 オレ様はラグナスが抱く恐怖を当然知っている。だがその事をラグナスは知らない。だから実際問題、あいつの不安は増えることはあっても減ることはない。サンちゃん達と共に行動するようになって尚更だろう。 パーティの一員として行動している事によってサンちゃん達に正体が分かられてしまったら自分はどうなるのだろう――そんな思いを抱いている事もあるだろう。オレ様も思い出したように似たことを考える。 「――・・・」 だからってオレ様の正体をラグナスにバラすつもりもない。正体が露見する事を恐れてる・・・のは少しはある。でもそれ以上にオレ様の正体が夢魔と知った時の・・・あいつらの表情を見たくない、それだけだった。 夢魔というのは身体を蝕む病とは違う。神に仕える者だけではなく、人間達全てに疎まれる存在で堕落させる敵。見つかれば淘汰されても仕方がない存在なのだ、こちらの世界では。つまり、存在悪。 居心地の良いこの場所を誰だって好き好んで手放したくなんかない。本来の姿が発覚すればこの場所を捨てなければいけないということ。それが嫌なら死ぬしかない。正直、退屈な家には戻りたくないけどな。これからの未来、起こりえそうだけど出来れば考えたくない最悪の末路だ。 「・・・はぁ」 わずかな思考の停止。ああ、くだらない。もう考えるのはやめよう。何も全てをがむしゃらに行動すればいいってもんじゃない。この問題を打破する事は出来ないし、しない方がいいんだ。 「くだらねー・・・」 早く帰ってこいよ、あいつら。やる事がないとこんな事ばっかり考えて止まらなくなる。 人間ってのはこんな不安を抱えながら病とも戦うのか。器用なのか不器用なのか、強いんだか弱いんだか分からない生き物だと頭の隅で天秤が振り子のように揺れ、それが傾く事はなかった。 ・ 「あらー・・・ぐっすりだわねぇ」 ドアの隙間から中を覗かせたリコさんがぽつりと呟いた。オレ達は依頼を終わらせようやく宿に帰還し落ち着けた所だった。 娘さんからキャスさんの容態を聞いて、とりあえずは見に行こうということでまとまったんだけど・・・肝心のキャスさんは寝ているようだ。 オレもリコさんに習って暗い部屋の中を見る。夜目はさほど利かない為、よくは見えない。だがベッドの辺りが動いてる気配はしないからまだリコさんの言うとおり眠っているんだと思う。 「そうみたいっスね〜、随分しんどそうでしたし・・・仕方ないんでしょうけど」 「様子を見てこようと思ってたけど明かりを点けたら流石に起きちゃうかな?」 「起きちゃうかもしれないですね、どうしましょうか?」 リコさんと二人、顔を見合わせる。しばらく揃って考えていると、リコさんが悪戯めいた笑顔を浮かべて見せた。 「ふふふ・・・でもさ? 弱ってるキャスってなかなか珍しいよね〜」 「ちょ、リコさん・・・?」 「普段から弱みを見せないっていうかさ? ・・・よし、私行って来る!」 言うが早くリコさんは部屋の中に入って行ってしまった。普段の飛ぶ速度はオレの徒歩の半分くらいの遅さなのにこういう時に限って早いんだもんなぁ。 確かにキャスさんは弱みを他人に見せようとはしない・・・気がする。オレもキャスさんとはそれなりの付き合いだけど、一度も見た事がないんじゃないだろうか。いやまぁ、大抵オレの助っ人に来てくれてるから尚更なんだけどさ。 「どうしたもんか・・・」 「・・・どうかされたんです?」 「あ、ラグナスさん」 後ろから声を掛けられて反射的に振り向く。そこにはラグナスさんが不思議そうにして立っていた。 「ああ、実はリコさんが・・・」 「サン! 大変!」 オレが説明しようとした矢先にリコさんから声がかかる。さっきまでとは違って緊迫感が纏っていて、キャスさんの容態が悪化しているのかと不安に駆られた。 「早く来て!」 「サン君、入りましょう」 見るとラグナスさんは落ち着いていた。オレが不安な気持ちでいることが伝わったのか、ラグナスさんは大丈夫と言わんばかりに微笑んだ。 「あ、はい」 ラグナスさんに促されるまま、オレも中に入った。ベッドの近くをふわふわと飛んでいたリコさんがこちらにやってくる。 「大変なのよ、キャスがうなされてるの」 「うなされてる?」 「うん」 そう頷いたリコさんも不安そうで、オレは思わずベッドの方を見やった。 「・・・様子を見てみます、ちょっと失礼しますね」 後方にいたラグナスさんがオレをすり抜けていく。一瞬だけラグナスさんの横顔が見えたけれど、やはり緊張をした様子に見えた。 オレとリコさんもラグナスさんの邪魔にならないように肩越しからキャスさんの様子を伺うことにした。 「・・・ぅ、う・・・」 眠っているというにはあまりにも寝苦しそうな声だった。普段からでは想像が出来ない眉間に皺を寄せた表情でキャスさんがずっと呻いている。今までずっとうなされていたのか随分汗をかいているらしく、顔にへばりついた髪の毛をラグナスさんが撫でるようにして直していた。 「おじさま、キャスの具合はどう?」 「・・・熱はまだあるようですが、私達が出発した頃よりは体調も戻ってきているみたいです」 ラグナスさんの言葉を聞いてホッとした。もしかしたら更に重くなっていると思っていただけに心から安心した。 オレの肩に止まっていたリコさんからも安堵した声が聞こえた。考えていることがオレと一緒だったのかな。 「良かったー・・・」 「―――ッ!!」 突然キャスさんが飛び起きた。驚いたように目を見開いたのが一瞬だけ見えたが、キャスさんはそのままうずくまってしまいそれ以上の様子は見えなかった。呼吸をしてなかったのだろうか。自然だった呼吸が荒くなる。 「キャス?!」 ラグナスさんが慌ててキャスさんの身体を支えた。普段なら軽口の一つや二つ出てもおかしくないのに、オレ達どころかラグナスさんにも気づいていないのかもしれない。 「だ、大丈夫なの? キャス?」 リコさんが心配そうに声を掛けた。そのおかげで我に返ったらしくキャスさんの身体がぴくりと動いた。ゆっくりと顔を上げると既に目の焦点は定まっていた。ようやくオレ達を認識したようだった。 顔色はあまり良くはない。それでもキャスさんの表情がいつも見ているものにちょっとだけ戻った気がした。 「・・・なんだ、お前ら・・・帰ってきてたのか」 「なんだ、じゃないわよ! あなた、うなされてたのよ!」 これはオレにも分かる。キャスさんがしまったとほんの少しだけ表情を動かしたことを。 でもラグナスさんの手によってすぐにベッドの中へと戻されてしまった。風邪も相まってキャスさんは余計なセクハラもせずに大人しく布団の中に戻された。 「・・・なにか、変な事は言ってなかったか?」 目を細めたキャスさんの表情は神妙だ。うなされるくらいだし、あまりいい夢ではなかったから寝言を言っていたんじゃないかって気になったのかな。 この場では口に出せないけど、起きてすぐのキャスさんの顔・・・怯えていたように見えたんだけど、オレだけだったんだろうか。 「・・・いえ」 布団の手直しまで丁寧にし終えた後、ラグナスさんが首を横に振る。 「なにかは言っていましたけれど聞き取れませんでしたよ」 オレ達よりもラグナスさんの方が距離は近い。そのラグナスさんが聞き取れなかったのだからほとんど言葉になっていなかったのかもしれない。 「・・・」 キャスさんはしばらくぼんやりと遠くを見ていたが、ラグナスさんへ顔を向けじっと見上げた。言葉が本当なのか見定めているようにも見えた。 「そう、ならいいや」 オレ達にもぎりぎり聞き取れる程度の小さな声でそう呟くキャスさんは安堵から少しだけ笑顔になった。 ・・・でも一体どんな夢を見たんだろう。あんなキャスさんの様子を見て気にならない訳がない。しかしそれを今聞くのは流石に空気を読めていない気がするのでぐっとこらえる。 「で、いつ帰って来てたんだ?」 考えているところを不意に話を振られて、オレは慌ててキャスさんへ向く。いつの間にかオレの方を見ていたらしい。 ・・・何考えてたのか、分かられてないよな・・・。キャスさん鋭いからなぁ。 「えーと・・・一時間程前ッスね、もう大変だったんですよ」 「へぇ・・・、今回って確か・・・水道局からの依頼だったっけ?」 そう、今回引き受けたのは水道局からの依頼だった。いわゆるオレ達向けの「掃除」という訳だ。どこからか入り込むのか、潜る奴らの置き土産なのかは分からないが魔物が出没することがある為、地下水道を管理する水道局から定期的に依頼書が回ってくる。 「はい、そうです。だって今回ムカデの群れだったんですよー・・・そりゃもうひっどい有様で」 「・・・色々な意味で、ね」 冗談ではなく、本当に食べられかけたリコさんの声が虚ろだ。 「そりゃ、大変だったな・・・」 キャスさんからはリコさんがどんな表情をしているのか見える。水道局からの依頼、の時点で大抵心地良いものではないと知っているものの、リコさんがあまりの様子だったからかキャスさんの顔も引きつっていた。 オレ達もひどい目に合ったとは感じたけども今回はリコさんが一番災難だった気がする。 「キャスさんの有り難さを身に染みて感じましたよ」 『眠りの雲』を扱えるキャスさんがいないだけで、ああも激しい戦いになったのかと今回の一件でオレを含めてみんなも思ったと思う。 それじゃなくてもキャスさんはオレ達のパーティで参謀に近い役割をしていたから、オレでは思いつかないようなことを考え出してくれたりもする。とても頼りになる存在なだけに、頼りにしすぎてしまっていたのかも・・・なんてことも思って反省したくらいだ。 「・・・誉めても何も出ないぜ」 「お世辞じゃないっスよ、心からそう思ったんです」 声色は細々としてはいるがキャスさんの表情はすっかり元に戻っている。 ・・・良かった、勝手な話だけどやっぱりキャスさんの不安な顔ってのは見たくない。 「あ。私、キャスの容態のこと二人に話してくるわ。心配してたもの」 リコさんがふわりと宙に浮かんだ。 普段はキャスさんとケンカしてることが多いクロリスちゃんも口にするくらい気にしてたようだし。・・・復帰したらそれ以上に動かすとも言ってたけども。 プラードもそうだ。あいつは口にはしなかったけど出発する時に一番心配そうにしてた。 良くなってることを伝えれば二人も安心するだろ。 「待った、・・・チビ」 「なによ?」 「じゃあ、何か食い物持ってきてくれねぇ? 腹が減ってさ」 あの時からずっと寝ていたんだろうから、そりゃお腹も減るか。小食なキャスさんが空腹を訴えるのもあまり見ないな。 「それなら消化に良さそうなものを頼んできますよ、リコさん一緒に行きましょう」 「うんっ」 スープくらいなら許可が出るだろうか。・・・キャスさんが何を欲しいのかは知らないけど、倒れた時の娘さんの迫力からすると迂闊な注文は出来ない。きっと怒られる。 「じゃ、行ってくるわね。おじさまがいるから平気でしょうけど、大人しくしてるのよ?」 「そんな元気がそもそもねーよ」 わざとお姉さんのような言い方をしてからかうリコさんと苦笑して返すキャスさんとのやりとりを背にして、オレ達は部屋から出た。 ・ バタン――とドアが閉まる。サンちゃん達の話し声がみるみる内に遠くなっていく。 さっき意識があった時に十分な睡眠時間を取ったかと思ったが、弱っている時はあまり関係がないようだ。 「倒れた時はどうなるかと思いましたが・・・ひどい風邪ではなかったみたいですね」 「・・・もう懲り懲りだよ、退屈だししんどいし」 思わず溜息をつくとラグナスが苦笑して見せた。 「ふふ、でしたらちゃんと治して下さいな。風邪をこじらせない為にも」 「善処するよ」 オレ様の手を覆うラグナスの手が暖かい。どこまでも優しいその声に救われている。 目覚めるまでに見ていたものが未だに頭から離れず、こびりついたまま。決して望むことはない最悪な終わり方。 「・・・キャス、悪い夢でも見ていたのですか?」 おっさんなら聞いてくるかな、と思ったよ。サンちゃん達のいる中で聞かなかっただけ我慢していたのかなとも思う。 どう答えたものか悩んでいると、ラグナスがオレ様の手を更に強く握ってきた。 そこまで心配するようなことでもなかったと思うんだが・・・そんなに頼りなく思われてんのかね。 「まだ手が震えているようでしたから」 言われてから気づいた。ラグナスに握られているからそっちに気を取られて分からなかったけど、その中でガタガタと震えている。自分の意志ではこの震えを止められない。 「寒さから来ている様子でもなかったので・・・」 「・・・」 サンちゃん達に悟られないように誤魔化したつもりだった。それでなくとも心配させたのにこれ以上余計な心配をかけさせたくない。よりによって比較的つっこんで聞いてくる二人だから尚更だ。 「よければ話し相手になりますよ」 −−言える訳が、ない。普通の夢ならばあんたに話して楽になれるのだろう。そうなれるならどれだけいいか。 見た夢は鮮明だった。まるで現実の世界なのではないかと思うほど。オレ様の正体を知ったサンちゃん達に裏切り者と蔑まされ、話をする余地もなく肉片となるまでぐちゃぐちゃに殺されたのだ。 夢だから首を切断された時にも当然意識がある。胴体から離れ飛んで行くと理解しながら、武器を手にして佇むサンちゃん達を見つめていた。 皆、憎悪に満ちた顔をしていた。頭がなくなり地に伏したオレ様の身体をまだ足りないとばかりに切り刻んでいく。 痛みは感じない、だが気持ち悪くとても不思議な感覚だった。 オレ様の胴体は最後に最早何の生き物だったかも分からない程の肉塊になった。それを汚物でも見るような眼差しで見下ろした後、サンちゃんが言う。 『これでオレ達を騙した悪魔はいなくなりましたね』 −−と。 いつも見ている笑顔で。 吐き気がした。 「・・・ありがたいがやめとくわ。思い出したくない」 「そう、ですね・・・すいません。もう少し気を使うべきでした」 そう言って心から申し訳なさそうにするラグナス。つーか・・・おっさんがそこまで気にしなくてもいいのに。そんなにひどい顔してんのか、オレ様は。 本当ならオレ様だって言いたいよ。あんたに何もかも話してしまいたい。でも、そんな事をしたらおっさんはオレ様を今までのようには接することが出来なくなる。 あんたは牧師。オレ様は夢魔。牧師と魔術師のような関係にならないのは当たり前だ。 オレ様は苦笑する。 「いいって別に。あんたが気を使ってくれてることくらい、分かってるつもりだぜ?」 「・・・キャス」 あいつの秘密は知っているが、それでも全ては知らない。が、オレ様が知る限りラグナスはこういう奴なんだ。普通なら聞いていても楽しくない話をニコニコし ながら聞いてくれて、時には悲しみながら聞いてくれる。ろくでもない奴に引っかかって騙されそうになることだってあるが、そういう奴だからオレ様だっ て・・・。 ラグナスを放っておけないんだ。 「そう言ってくれるなら・・・この震えが止まるまで側にいてくれよ」 今は一人でいることが割と怖い。何に対しての恐怖なのかハッキリとはしないが、不安が残るのは確かだ。 そもそも悪夢は夢魔のテリトリーじゃねぇ。・・・笑い話のタネにはされそうだが。 「・・・あと、震えてたなんてサンちゃん達には内緒にしといてくれると嬉しい」 オレ様の言葉が意外だったのか、ラグナスは目を丸くさせて驚いた。 ガキじゃあるまいし、怖い夢を見て震えてました・・・だなんて分かられたくない。 「ふふ・・・分かりました、皆さんには内緒にしておきますね」 ラグナスがくすぐったそうに笑った。ガキの隠し事を見つけた時もこんな表情してたっけか。よく似てる。 こんな機会は滅多に訪れない。サンちゃん達が来るさして長くない間、甘えさせてもらおう。 END |