「お前、分かりやすいガキだよな」
キャスがエゼラの後ろから唐突に声を掛ける。
エゼラは忙しそうに動き回るサンの後姿をさりげなく目で追っていた。子供は自分しかいない事を知っているエゼラは不思議そうにキャスへ振り向いた。
そこには目を細め歯に着せぬような笑みを浮かべたキャスがいて、二人は自然に目が合った。きょとんと首を傾げると頭に結んであるリボンと長い髪がふわりと揺れた。
「分かりやすいって?」
「サ・ン・ちゃ・ん」
「…あ!」
名前を聞いてエゼラは自分の一挙一動をキャスに見られている事を理解した。透き通るような白い肌がうっすらと朱に染まり、エゼラは両手で頬を覆う。
「キャス、見てたの?」
「そりゃまぁ、あれだけ分かりやすく動いてたら見るだろ?」
大きな瞳で睨むエゼラに対してキャスは平然と不敵に笑うだけだ。
エゼラは一気に顔が熱くなっていくのを感じ取った。そんなに分かりやすかったのだろうか。もしかしたらキャスだけではなく他の皆にも知られているのだろうか。そう思うと火が出るように恥ずかしい。
「キャスは…意地悪だわ」
「よく分かってるじゃねぇか、そう。オレ様は意地悪だ」
「もう!」
「…でも好きなんじゃねぇの?」
「…」
改めて聞かれるとエゼラは少しだけ答えに悩む。少しだけ考えた後、キャスの側に歩み寄った。
あれだけ熱かった頬は嘘のように引いていた。
「? 何だよ」
「サンは好きよ、でもこれがどの好きなのかは分からないの。キャスが聞いたのは私がサンを異性として好きかって事でしょ? けど…まだ分からない」
「キスしたいとか思わねぇの?」
「おやすみのキスならしたいわ、でもキャスの言う愛情のキスをしたいかなんて考えた事ないもの」
ならば家族の愛情を欲しているという事なのか、大人びてはいるがまだまだ子供だとキャスは心中で苦笑する。
「自分が好きだって伝えたのかよ」
「言えないわ、私自身がどんな好きなのか分かってないのに言うのは無責任でしょ?」
「伝えない事が苦しくは思わないのか?」
エゼラはまた少し考える。どんなに考えても自分の感情が何を指し示しているのか理解出来なかった。
「苦しいとしたらサンに伝えられない事じゃなくて、理解出来ないでいる私自身が歯痒くて悔しいからだわ。そう言うキャスは好きな人っているの?」
「想像に任せるよ」
じぃとキャスの目を覗き込んだがエゼラには彼がどういう思いで答えたのか、その意図を汲めなかった。
「―そう。でもね、それでもいいと思ってるの」
「はぁ?」
「だってサンを困らせたくないの。サンが行こうとしてる目標を遮りたくないの、私が自分の気持ちに気付いてしまったらワガママを言って邪魔してしまうかもしれない…それが何よりも嫌だから」
「…」
キャスには彼女の言う事に賛同も反対も出来なかった。彼自身も正しい答えなど分からなかったからだった。ただ自分にはきっと出来ない生き方だと直感していた。
何か言葉をかける訳でもなく、キャスは席を立つとエゼラの頭に手を乗せた。
「? なぁに?」
「お前は将来いい女になりそうだな」
「本当に? キャスにそう言って貰えたら自信持っちゃうわ」
くすぐったそうにエゼラは小さく笑った。



END