「何処かにいい男転がってないかしらぁ・・・」 …また始まりやがった。 女の夢魔特有の甘ったるい喋り方、飽きる程聞いてる。 「そうねぇ、ファムファータ姉様。あたしも好みなオジサマ欲しい〜」 それに続く甘ったるい声その2。だがそいつの声色は幼女のソレだ。 チカチカと光る原色のライトが回る。綺麗を通り越して最早目が痛く感じてくる。 柔らかい材質のソファーに横たわり身を沈め、リラックスしているのがオレ様の姉その1。名をファムファータ。一族特有の紫色の髪を腰よりも長く伸ばした女。 似たような容姿をしているのがヒエリーテ。団子頭のロリぺた女。見た目に騙されるが実際はオレ様よりも数倍上の年齢だ。体型的にはファムファータとまるで正反対だが仲はいい。 「子宮の奥が疼くようないい男ってなかなかいないのよねぇ」 「ホントホント、出来れば素敵な殿方と繋がりたいわ。姉様とは好みが違うから助かるけどぉ」 ちなみにこの姉二人。 好みの男もバラバラだ。ファムファータは主に10代。ヒエリーテは主に50代。 どっちも色んな意味でヤバイ。ビジュアル面において。 「キャスバルド、貴方は? 最近元気がないようじゃない?」 「別に、普段通りだぜ。ただ退屈なだけで」 オレ様達のいる場所は『ラビリッシュドリーム』と呼ばれ夢魔が集う、いわゆる高級娼館だ。魔界の中でも唯一絶対の夢魔族のエリアでもある。 ここを統べるのは夢の女王・リリッシュ。オレ様達三人の母に当たる、通称『ナイトマザー』。この館のオーナーであり最上級娼婦だ。 オレ様を含め、三人共父親は違うらしいがナイトマザーの夢魔の血が強く出るせいか、完全な夢魔として生まれやすいのだという。血が混ざってもハーフになる 事はほとんどなく、夢魔の男女では子孫は作れない。そして母親の種族か、父親の種族に偏り、相手の能力は受け継がれることはないそうだ。生まれた後、子孫 は各々の種族が住む場所へ行く事になる。夢魔族以外だった場合は、ここで住まうことは基本出来ないということだ。 「まぁ、そりゃ退屈よねぇ。キャスバルドはここで男娼している訳じゃないもの」 「あなたのサディスティックっぷりなら人気もありそうなのにぃ」 「るせぇな、同系族に欲情出来るか」 この館には様々な客が来る。悪魔だろうがなんだろうが一部を除いては欲求不満を解消しようと一夜の夢を求めにやって来る。夢魔はその求めに応じて相手をする。夢魔達は趣味と実益が兼ねているようなものなのでとても都合がいい商売ではある。 が、ナイトマザーやそこの姉二人クラスになると客が相手を選ぶのではなく、娼婦側が客を選ぶようになる。力の弱い奴ではあっという間に精力を吸い取られ死に至ってしまう。 「なんでぇ同族が嫌なのかしらぁ? 中には男悪魔だって貴方を指名したいって言ってるお客さんもいるのに」 「突っ込まれるのは死んでもごめんだ」 普通なら夢魔族は欲情しえる相手なら誰だって一夜を共にする。同じ夢魔族でも、同じ血族でもだ。そこから得られる快楽を何よりも喜びとし、糧とするからだ。 だがオレ様はどうもそこらの感覚が周りとズレているらしく、夢魔族相手どころか魔族ともその気が起きない。 快楽を司る身分としてはえり好みをする事は滅多にない。が、実際にオレ様はこの館には住んでいるが客は取っていない。そんな事をしている夢魔も他にみないから、これも特殊な例なんだろう。 糧を得たくて進んで客を取る夢魔はいても、生きる糧として必要最低限で済ませようとする夢魔なんて本来ならおかしいんだ。 「・・第一知るかよ、燃えねぇもんは燃えねぇんだから」 「それに夢魔同士って気持ちいいのよ? 知らない訳じゃないでしょ?」 それは聞いた事がある。互いに得意分野であるせいか、普段得られる快感よりも多く得られやめられなくなるのだと。だが異種族との行為とは違い、糧として変換されにくい。 オレ様は食指が全く動かないから試した事はないけどな。この二人は結構やっているようだ。 「らしいな、気持ち良すぎるからってデカイ声くらい自重して欲しいもんだ」 「ふふ、入ってきても良かったのよ?」 「同族な上に更にガキみたいなチンチクリンがいるとかごめんだね」 「なぁによぉ! 生意気な子!」 頬を膨らませてヒエリーテがこちらを睨んでいる。 「あたしはロリ層のハートをがっちりキャッチしてるんだから! チンチクリンとかやめてよねぇ!」 …多少の悔しさが混じっている気がするのは気のせいか? 大体それでチンチクリンじゃなかったらその外見の意味もない気が…まぁいいか。 「よしよし」 それを見兼ねたのかファムファータが頭を撫でて自分の元へと引き寄せた。 ヒエリーテは嫌がるどころか自ら進んでファムファータの胸の中に埋もれていく。 「えぇん、姉様ぁ!」 「キャスバルド、おやめなさいな。こんな可愛い子になんて事言うの?」 「オレ様は本当の事言っただけだぜ? ファムファータ」 って何見つめ合ってんだ。身体が触れただけでその気になるとか早すぎだろ? このままにさせると二人でおっぱじめるだろうから、ヒエリーテをファムファータから引きずり離して手近な所へ転がした。 「んもぅ! ちょっと大きいからっていい気にならないでよね!」 「やるなら個室でやれよ、見たくもないレズプレイ見せられる身にもなれ」 この部屋はオーナー直系の血族だけが入る許可がされている。つまりどう頑張ったところでオレ達三人しかいないということだ。 当然、外の者は入ってこられない。血族以外の奴が入って来たとしてもほのかに甘く香る蜜の誘惑に耐えられず、吸い寄せられた蜂の如く遊戯に交ざるだけなんだろうがな。 「一つ聞きたいのだけど」 横でキーキー喚くヒエリーテの頭を撫でていたファムファータの目が見定めるように細まった。 「貴方にはお母様…いえ、オーナーがどう見えてる?」 彼女と顔を合わせたのは片手で足りる程度だ。本当の姿を見た者がいないと言われる夢魔の女王。何故ならば、彼女を見た者は自分の最も好みな容姿を持つ者に 見えると言われているからだ。我慢が出来ず襲ったとしても断る事をしない為、あまりの力の強さに生半可な相手では精力を全て吸い取られる代わり、生きた中 で感じた事のない異常な快感を味わえると聞く。それ故に『死んでもいいから一夜を共にしたい』と夢見る者までいるそうだ。 「どうって…人間? 男女は決まってないけどな」 「それでもそそられないの?」 「匂いが人間じゃないからな、夢魔は皆特有のフェロモンの匂いしかしねぇ」 「けれど人間って脆いじゃない、加減出来るの?」 「加減を覚えなきゃ人間から精力なんて吸えねぇよ、反対にそれを楽しむのが対人間流だ」 「やーだぁ、手加減するなんて面倒くさーい」 そう言う返答は返ってくるだろうと思った。 確かに夢魔は加減をしてやるような種族ではない。一人の相手からどれだけの精気を搾り取れるかを考える。枯れるまで吸い付くそうとするのがお決まりだ。 「繊細な玩具は大事に扱わなきゃな」 「キャスバルドってぇ…変わってるわよねぇ、エッチでセーブしちゃうなんて勿体なぁい」 心の底から呟いたヒエリーテの言い方に少々腹が立ったオレ様は、その小さい頭を問答無用に小突いておいた。わざとらしい悲鳴をあげてよろめくヒエリーテを無視して席を立つ。部屋を後にしようと足を進めた。 「キャスバルド、何処へ?」 「遊びに行ってくんの」 「そう、程々になさいな」 「言われなくても」 ファムファータはオレ様のやることに対して、肯定も否定もしない。こちらとしては助かる話だ。 ヒエリーテは見た目同様、中身も子供っぽい一面が強く好奇心もそれなりにある。とは言え流石に人間のいる世界までついてくるなんて気はないだろうだがな。 「キャスバルド、貴方覚えておきなさいよね!」 「それはチビって言った事か? それとも貧乳って言ったことか?」 「全部よぉ! 馬鹿ー! 年下のくせにぃ!」 年上の嗜み一つ持っていない姉には言われたくない台詞だけどな・・・。そんなヒエリーテのやかましい声を流し聞きしつつ、オレ様は部屋を後にした。 ・ 人間界っつーのは周りの奴らが言う程つまらない場所ではなかったりする。確かに自分達の身を守る為に過敏になりすぎて疑心暗鬼になったり、その果てに同族を簡単に売る事に躊躇いも持たないが。
・
・
「ヒヒヒ、それはアレだネ。ライカンスロープってヤツだヨ」 「ライカンスロープ?」 「そ、ソ! 人狼が体内に持つ細菌が人間の中に入り込むとおよそ24時間後にライカンスロープ化してしまう、人間からすれば奇病だネ」 そう言ってケタケタと笑うのはこのラビリッシュドリーム内での唯一の他種族・イビルトレントの薬師だ。 「24時間以内なら治せるって聞くケドネ、間に合わなかったんだネ。ヒヒヒ」 今は半人半樹の姿をしているが、本来は魔樹の類の魔族だ。瘴気を吸い尽くした樹木が変化した魔界特有の生き物。 名はラピルノ。館内で使う媚薬等の類は全てコイツが作る。左足と腰が樹木、それ以外はかろうじて人の姿を保っている。喋り方に特徴があるのは種族特有だが、コイツも負けていない。 「治す手段はないと?」 「無理無理ィ! 適切な処置をしなかったからネ、一定時間経過しちゃうと菌が人間の組織と馴染んじゃうんダ。それを取り除くなんて魔界内でも存在しないヨ!」 館内の地下にあるラピルノの部屋はゴポゴポと液体の沸き立つ音がいくつも奏でている。 そんなラピルノからの視線を強く感じた。 「それでサ、結局ヤれなかったんデショ」 「精気は吸って来たっつーの」 「でも、吸っただけでヤってないんデショ」 「うるせぇ! 魅了が効かなかったんだよ、だから性器から直接吸っただけだ」 「アララ、あーでもライカンスロープって抵抗力高いって聞くヨネ。仕方ないヨネ」 「…さっきから気に障る言い方しやがるな」 睨み付けるもラピルノは意に介する様子もなく、おどけたように肩を竦めてみせた。 「別に意図なんてないヨ、ヤってもいないのにお腹いっぱいになったのかなって思っただけサ」 「その点なら問題はなかったさ、それでなくても腹いっぱいだってのにこれでヤッてたら…死んでたかもな。割と冗談抜きで」 「ヒヒヒ、夢魔が餓死でも笑えるけど悦死でも面白いネ」 何が奴の笑いのツボに入ったのか腹を抱えて笑い出した。 「あー面白い。人狼って位だし精力もたくさんあったんデショ」 「かもな、折角のオレ様好みの人間だしうっかり死なれるよりはマシだが」 「キャスはサ、好みのこだわりが多過ぎるんだヨ」 「どいつもこいつも変わりねぇだろ、オレ様は性別は関係ないんだぜ?」 「アハハハハハ、いやァー五十歩百歩だヨ!」 笑いが止まる気配もなく爆笑し続ける姿に腹が立って、奴の頭を容赦なくはたいておいた。 「聞く事は聞いた、邪魔したな」 「構いはしないヨ、一つ気になったんだけどサ…キャスはその人狼助けてあげたいと思ったノ?」 …助けたい、ね。正直なところ、そんなつもりはなかった。 ただラグナスの正体はなんだったのか。その詳細が知りたかっただけだ。 「別に? 助けてもオレ様に得はないしな」 「フーン、そんなものなんダ? お気に入りだから人間に戻してやろうとか思ってるんだと思ったヨ」 「元は純粋な人間だと分かっただけで十分だ。くだらない事聞くなよ」 黒い扉を押し開き、ラピルノの部屋を後にした。閉じるまでの合間に聞こえるのは奴の変わらない奇妙な笑い声だけだった。 薄暗い廊下を抜け、徐々に派手な色様へと変わっていく館内を歩きながら少し考える。 あれから夢の中に入り込んで見たのは人の姿のまま暴走したラグナスだった。当然言葉も通用せず、スムーズに事を運ぶ為に相手を魅了させようとした。こうする事で相手の精気を奪いやすくする為だ。 …だが、暴走したラグナスには通用しなかった。ラピルノ曰くライカンスロープは魔法抵抗力が高いとの事だったが。ここで引き下がるのも悔しいから動きを封じて強制的に精気を奪ってやった。 人狼化して体力も底上げされていたのだろう、相手が抵抗をやめる前にこっちが満足し、気がつけば暴走も止まっていた。ラグナスが死んでいない事を確認してから、やつの正体を調べようとひとまず館へと帰ってきた。 …さて、そろそろ動くとするか。それまで何となく考えていた事を本格的に行動に起こしても差し支えもない。 道中何人かの夢魔達とすれ違い、目的の場所であるオーナーの部屋へ到着した。忙しいだろうがほんの数分話せればオレ様にとっては十分だ。 コン、コンとドアをノックする。 「どうぞ、お入りなさい」 返ってくる若い女の声。姿さえ見なければ元の声らしい女の声が聞こえてくる。 「…失礼します」 自分の心を映す人物と対面するのは数は少ないものの緊張する。入る前に一度だけ深呼吸し、オレ様はドアを開けた。 オーナー室はどちらかというと落ち着いた色合いに統一されている。正面の豪奢な机にいるのは…予想はしていた、優しく微笑むラグナスの姿。 「何か御用ですか?」 声まで一緒だ。それが無性にイラついて相手をねめつける。 「それ、制御出来るんだろ? やめちゃくれないか、気分が悪い」 「…」 少し考えた仕草を見せてからラグナスの姿が薄らいでいく。代わりに現れたのは一人の若い魔族の女。一族直系の紫色の長い髪、少し伸びた耳、白いドレス。夢魔とは思えない程清楚な女がさっきと同じように鎮座しこちらを見ていた。少なからずオレ様は見た事がない容姿だった。 「意外と疲れるのよね、…けれど貴方が本当に嫌そうだったし大事な話みたいだからやめてあげる」 「あんたがオーナー、か」 どことなくファムファータ達と面影がある。間違いない。 「私の姿を見せるのは子供達なら貴方が初めてよ、キャス」 そう言うって事はあいつらはこの姿を見た事がないのか。そりゃそうか。普通に考えて好みの人間に見えているのにやめろと言う訳がない。 オレ様だってそうであったはずだし、今まではあそこまでの嫌悪感はなかった。 「それで、どうしたの?」 「本格的に地上へ降りる事に決めたから、それを報告しておこうと思ってな」 「ふーん? それは是非理由が聞きたいわね」 興味を引いたのかオーナーは静かに席を立った。ヒールが鳴らしながら歩みを進めてくる。 「理由なんて簡単な話だ、ここに居たって退屈だから前々から考えてはいた」 「本当にそれだけ?」 「それだけ、と言われるとNOだけどな。気に入った人間も丁度出来たところだし、飢える事もないから都合がいいし」 「…へぇ?」 目の前に立つオーナーは流石にこの館の主だけあって美しかった。好奇心を隠す気配もなく彼女はオレ様の目を覗き込む。夢魔とは思えない透き通った目に吸い込まれそうになるのを堪える。 まるでオレ様の発言が本当なのか見定めているように見えた。 「…嘘ではなさそうね」 ぽつりと至近距離のままオーナーは呟いた。白く細い両手でそっと頬を覆われる。 「地上に降りたら危険も多いわよ、大丈夫?」 驚いた、てっきり二つ返事で『いってらっしゃい』と言われるかと思っていたら、ここまで質問攻めにされるなんて。 「なんだよ、問題ねぇって。ヘマしたら死ぬだけ、そうだろ?」 オレ様はまっすぐに見つめ返す。『魅了の瞳』は効かない、どれだけ強力でも。 僅かに沈黙が続いて、先に口を開いたのは―― 「あぁもう、どうして貴方に効かないのかしらね。行かせたくなかったのに…冷たい子」 「同族には全く興味ないから」 「ねぇ、行きたいと思うのは…その人の為、なんて事はない?」 「は…? そこまでは答えられねぇよ、よく分からないし。偉そうな事を言うつもりもない」 下手な理由だったら許可出さないとか言い出す気じゃないだろうな。魅了させようとしていたみたいだったし、出来れば引き止めたそうにしているのはよく分かる。 ラビリッシュドリームに所属している夢魔には最低限のルールがある。地上に降り立つ事は良しとされていないのもルールの一つだ。供給だけならこちらだけでも成り立っているからだ。地上に降りている夢魔は大抵が所属外であり、自分の思うがままに行動する事が出来る。 そしてオレ様の場合。厳密に言えば所属はしていない。だがオーナー直系の子である限り、無関係とも言えない。 「餓死されても困るしね…いいわ、いってらっしゃい。但し、上手くやりなさいね。無駄死になんてやめてよ? 貴方を失うと考えただけで悲しいから」 「心配してるのか?」 意外だったからそのまま言葉としてついて出た。 「馬鹿ねもう」 オーナーに深く抱きしめられた。 こうして抱かれたなんて初めてな気がする。親のような事をされたのも。 「当たり前でしょ、私の大事な半身の一つ。どこに居ても繋がっているんだから…たまには戻ってきなさい、ファム達にも顔を見せてあげてね。それが条件」 「…覚えてたらな」 わざわざ戻ってきてあいつらにも顔を合わせるとか面倒くせぇ。絶対に会わねぇ。 出来れば重要な問題以外では呼ばれたくないもんだな。永遠に呼ばれないのが一番だが、それは恐らく無理だろうし。 しがみつくオーナーの手を振りほどく。 こうして元の姿で動けるのも今回が最後のつもりでいないと本当に無駄死にしそうだ。地上に着いたら魔術師としてしか行動出来なくなるのだろうから。 オーナーの部屋から出る時、彼女と目が合った。少しだけ寂しそうに微笑まれる。どう反応すればいいのか分からずにオレ様は目を反らして誤魔化した。 閉まるドアの隙間から彼女の手を振る姿が、ほんの一瞬だけ見えた気がした。 END |