仮面の英雄の話


「あの、サタナエルさん!」
私はずっと悩んでいた。私は詠われている英雄さん達の事を多く知らない。
詩人を目指す為には様々な話を知っていなければとふと思ったの。楽しい話・激しい話・悲しい話。
その為に宿の色々な人に話を聞く事にしたの。父さんや母さんに聞こうと思ったけれど、二人は最後に聞く事にしました。情報収集が上手く行かなかった時の万が一に聞くようにしないと。
朝早く――やっぱり皆忙しそうだった。今の時間、声を掛けてお話を聞くって言ったら迷惑かな・・・と思ってまごまごしていた時にちょうど視界に入ったのはサタナエルさんでした。
父さんが今一緒に行動しているパーティのリーダーさんで、古竜のサタナエルと聞けばほとんど分かる位に有名な人だ。長い剣を背負い、騎士のような重厚な鎧を身にまとう重戦士さん。
「今、お時間いいですか?」
サタナエルさんが宿にいる時はいつもカウンターの一席にいます。今日もカウンターに座って黙々と何かをしてらっしゃるようでした。父さん達の姿は周りに見えないから一人なのかな。
私は何度か挨拶をした事があったんだけど、沈黙を守っているサタナエルさんはどこか声の掛けづらい印象があります。でも、今日は勇気を出して色々なお話を聞かなきゃ・・・!
「ああ、セリカちゃんか。時間は大丈夫だが、改まってどうしたんだ?」
手にしていた羊皮紙とペンを強く握り直して私はサタナエルさんを見上げました。
・・・大きいです、父さんも背は大きいけれどサタナエルさんは父さん以上に大きい人なんです。よくドアに入る際に、ドアよりも背が高い事が多いからおでこをぶつけていたりするとかで、大変なんだそうです。
「お話を・・・聞かせてくださいッ」
・・・実はサタナエルさんとこうして二人て話すのは初めてで、ちょっと緊張してきちゃった。はっきりと自分の意思を伝えようとして思った以上に大きな声が出てしまったのが少しだけ恥ずかしい。
サタナエルさんの仮面の奥から見える瞳が少し開いた気がした。
「・・・・」
驚かせてしまった・・・かな? 
「・・・構わない、けど・・・話って何を?」
やっぱり驚かせちゃった・・・! もう・・・!
もう少し落ち着こう私。
「えーと、ですね」
一度深呼吸して私はきちんと説明する事にしました。
「ふーん、詩人の詩になりえる話か」
「はい・・・」
今回の私の趣旨・目的を話した所、サタナエルさんは快諾してくれました。私はサタナエルさんの隣の席に腰掛け、集めなければと思っている逸話を聞く事にしました。
「何か、ご存知であればお聞きしたいんです」
「それは・・・俺の幼い頃に聞いた話とかでもいいのかい?」
「はい! 体験したお話でも聞いたお話でもどちらでも大丈夫です」
皆さんからしたら私の知っている事なんてまだまだ少ないです。サタナエルさんとお話出来て良かった。
「そうだな・・・どんな話がいいんだろうか」
「んと・・・」
確かに話を聞くにしても広すぎて困らせちゃったかな。そうだなぁ、・・と私は羽根ペンの先を顎に当てて考えることにしました。
「あ、ならサタナエルさんがお好きな話、ありませんか?」
「好きな話か、それなら一つある」
「ホントですか?」
目が合うとサタナエルさんが優しく微笑んでくれました。とてもとても暖かい笑顔でした。
おもむろにサタナエルさんは顔につけていた仮面を外して私に見せてくれました。
「これなんだけど」
「サタナエルさんがいつも付けてる仮面ですよね」
「ああ」
サタナエルさんが仮面を外しているところを初めて見ました。それくらいいつも付けている仮面なんです。だから仮面を外している姿を見れるとは思っていませんでした。気になってはいたんですよね、どうして仮面をつけているんだろうって。
「この仮面は、俺が憧れている英雄がつけていたという仮面のレプリカなんだ」
「サタナエルさんが憧れている英雄、ですか?」
「ああ、俺がセリカちゃんよりも小さい頃から御伽噺と等しく聞かされていた話なんだけどな」
・・・いけない、話に夢中になって書く手が疎かになってた・・・。ちゃんと書き留めておかなくちゃ!
「はい、続けてください!」
「その名も『仮面の英雄』と呼ばれていた人なんだが、知っているかな」
「名前くらいしか・・・その方のお名前って分からないんですか?」
「不思議だよな、それが分からないんだよ。子供用の本しか知らなかったから大人になってから本を捜して読んだけどパーソナルな部分は結局分からなかった」
「不思議な方だったんですね」
「うん、小国を救ったとか邪悪な竜と戦い勝利したとか功績は知られてるのに変な話だよ」
そ う言ってサタナエルさんは苦笑した。けれど話している姿はとても楽しそうで、イキイキと話している様子が子供のようでした。当然いつもきっちりとしている 所しか見ていなかったし、無言でいるサタナエルさんはすごく迫力があってちょっとだけ、怒ってるのかなって思う時もありました。だから、また一つサタナエ ルの新しい一面が見れた気がして私も嬉しいです。
「その仮面の英雄はこういう仮面をつけた大剣使いの戦士みたいでね、俺のお袋が同じ大剣使いってのも手伝ってか物語の中で戦う姿に思いを馳せていたんだよ」
「お母さんは大剣を使う方なんですか?」
「ああ、両親揃って冒険者だったから武器を見る機会も多かったんだ。だから想像しやすかったんだろうな」
「じゃあ、今サタナエルさんが大剣を使っているのは・・・」
「きっとセリカちゃんの想像と近いんじゃないかな。半分はお袋、半分は仮面の英雄の影響を受けてるよ」
「へぇ・・・!すごいですね、もしかして小さい頃から剣を振ってたんですか?」
「振ってたよ、もちろん木剣だったけどね。懐かしいなあ」
「木の剣って見た事ないです」
「そうだよなぁ、木で出来てても意外と重いんだよ。子供ならそれで十分、やり方によっては怪我もするしね」
私、こうしてお話するまでサタナエルさんって無口な方だと思ってました。父さんもそうだけど、不必要に喋らないっていうか・・・。でも、そうじゃないんだなって話を聞きながら思ってしまいました。
「・・・って、話は俺のじゃなかったな。仮面の英雄の話だったよな、ごめんね」
「いえ! 聞いてて楽しいですから平気ですよ」
「んーと、仮面の英雄の話にはいくつか種類があるんだけどな。その中でも好きな話があってさ、遺跡探索でゴーレムと戦うんだ」
「ゴーレム・・・」
ゴーレムと言うのは魔法生物の一種です。魔術師さんが魔法で作るものだそうで、私も小さなゴーレムなら見た事があります。色んな種類のゴーレムがいるんですよ。
実際に作る所は流石に見た事はありませんけど。
「そのゴーレムがラバーゴーレムっていう特殊な材質で出来ていて、精霊術師なり魔術師なりがいたらもう少し楽に戦えたんだろうけど彼にはどっちもいなかったし、自身も魔法なんて使えなかったらしい」
「剣だけだった・・・って事ですか?」
「そういう事になるな」
ゴーレムに使う材質によって名前が変わってきます。ラバーの材質ということは弾力があったって事でしょうか?
「仮面の英雄さんは勝てたんでしょうか?」
「ああ、勝てた。勝ち方はあんまり? 格好良くはないんだけどな」
「そう、なんですか?」
「ラバーゴーレムってのは刃のついた武器の攻撃には強いんだ、だからそのまま斬りつけたって効果は薄い。彼は崩れかけていた天井を切り崩して瓦礫をそいつに落とした」
「それで倒せたんですか?」
「いや、倒せなかった。いくらかダメージは与えてたみたいだが、倒すまでは至らなかったみたいでな。・・・で、どうしたかと言うと」
「・・・」
私は息を飲みました。苦しい戦いをどう切り抜けたのでしょうか、想像がつきません。
ペンを持っていた指が緩まないように、しっかりと握り直しました。
「剣を鈍器として何度も何度も叩きつけたんだそうだ、もうスタミナ勝負だな」
「え、それで・・倒しちゃったんですか?」
「倒したらしい。普通、そういった話で聞かないだろう? 初めて聞いた時は呆然としたなぁ」
「確かに・・・びっくりしますね、全然想像つきませんでした」
「俺も想像出来なかったよ、存在している話の中じゃこれが一番好きだな。カッコイイだけじゃない一面が見れるっていうのがね」
「子供の頃は聞いてがっかりとかしなかったんですか?」
「うーん、やっぱり少しはがっかりしたと思うよ。英雄なのにどうしてそんな地味な戦い方を・・・ってね、でも大きくなっていく毎に冒険者として動くようになると分かるようになるんだよ。彼が厳しい戦い方の中で如何に機転を利かせて勝利をしたのか」
少し遠くを見ていたサタナエルさんの眼差しが、まるで誰かを追っているようにも見えました。それは憧れているその仮面の英雄さんなのでしょうか。
「難しいですね、なんだか」
「そうだな、セリカちゃんの詩にはしづらい内容だったかな」
「そうかもしれないですね、でもすごく為になりました! 改めてその本を読んでみたくなってしまいました、図書館に行ったら見つかりますか?」
「読んでみたいのかい? なら家にあるから良かったら今度持って来ようか?」
まさかの申し出でした。忙しい人なのに頼んでしまってもいいものか悩んでしまいますけど・・・。
「いいんですか? 思い出の本をお借りしても」
「大丈夫だよ、今は家の中で眠っているだけだし。本は読んでもらう為にあるものだから、読んでくれる人がいるならその方が本も喜ぶと思う」
サタナエルさんって読書家なのかもしれません。父さんも同じ事を言ってました。その気持ちは分かる気がします。良い本があったらやっぱり自分だけではなくて皆にも読んで欲しいって思うから。
「じゃあお言葉に甘えちゃいます、大切に読みますね」
「あぁ、セリカちゃんはまだ時間あるのかな?」
「? はい、今日は大丈夫ですよ」
「なら今から取りに行ってくるよ」
そう言ってサタナエルさんは席を立ちました。え、本当に今から・・・?
「いいんですか?」
「丁度これから家に行く用事があるから、それまで取材頑張ってな」
立ち上がったサタナエルさんは更に大きくて、見上げている私がひっくり返ってしまいそうです。そんな私の頭を大きな手で優しく撫でてくれました。こうして撫でてもらうのってちょっと恥ずかしいですね。
「はい・・! 頑張ります、ありがとうございますサタナエルさん!」
いつかサタナエルさんの事もきちんと詩にしてみたい。今英雄と呼ばれている冒険者さん達のこと、その人達が体験したこと。その為にも、もっと勉強しなくちゃ。
埋められた羊皮紙から新しい羊皮紙にめくって、次にお話が聞ける人を探す事にしました。



END