プレイシナリオ:マールの火竜/SIGさん リューンに帰るオレ達の足取りは重かった。 本当に竜の血などに言うような効果があったのか。 本当に、子竜を・・・殺す事が正しかったのか。 本当に・・・。 誰も口を開かなかった。 アポカリプスだけがいつも通り無口で、オレの前を歩くその背中がいつも以上に何かを言いたそうにしていた。
マールの火竜―― 伝説の火竜は手負いであるにも関わらず、最強の生物として遜色ない強さを誇っていた。あれだけ血を流し、片翼は折れ骨すら見えていた程だと言うのに。体躯からは肉が抉れ至る箇所に矢が刺さっているにも関わらず、圧巻の迫力はそのままだった。 一つ咆哮を放つ度に薄暗い洞窟全体が揺れ、地鳴りが起こった。 死闘の末、オレ達はマールの火竜に勝利する事が出来た。手負いでこうならば五体満足であったならば・・・それは想像を絶していた。こちらも何人か死んでいたかもしれない。 火竜が立ち塞がる先は――行き止まりだった。そこには竜というには小さな小さな竜が縮こまり、怯えに満ちた瞳をオレ達へ向けていた。 「・・・どうだ? アスター」 リーダーであるサタナエルが疲労の色を見せたまま、アスターに尋ねる。 アスターは残りわずかな力を使って子竜に治癒を施していた。手から零れる柔らかな光に包まれ、子竜は一瞬ビクリと小さな身体を震わせた。 既に満身創痍だから皆口数は少ない。 「治癒は効いている、ようだが・・・」 呟くアスターの声が心なしか暗い。疲労が溜まっているのが手に取るように見て取れた。彼は小さく首を横に振ってみせた。 子竜は自分を傷つける者ではないと少しでも理解したのか、オレ達をゆっくりと見上げた。 「えぇ、確かに治癒自体問題はありません。この子竜、想像以上に衰弱しているようです」 アスターの隣で子竜の様子をずっと窺っていたアレクシエルが芳しくない様子で分析した結果を告げる。 衰弱しているということは・・・。 「ってことはなに、放っておいてもいずれは死ぬってそういう事?」 「・・・えぇ、そう言う事になります」 不愉快さを隠しもせずにウリエルが口調だけはそのままに――おそらく皆が聞きたかった事を聞いた。 苦々しいアレクシエルの返事だけが静かに浸透した。 「この子は・・・何もしてないのに・・・」 オレは思わず口に出していた。 アレクシエルを始めとするこれまで見てきた状況を整理して考えれば、この子竜は何もしていない。恐らくオレ達が戦ったあのマールの火竜も、ただ竜の血を狙ってさらわれた子竜を取り戻そうとしただけ。 「・・・そうだな」 オレの言葉に、ぼんやりと虚ろな声色でサタナエルから返ってきた。 治癒が効果薄いならウンディーネでも効果は薄いのだろうか。精神を集中させて、ウンディーネを呼び出す事には成功した。・・・が、ウンディーネが子竜の一瞥し、オレの考えを察したのか側へと音もなく近付いていく。 子竜は不思議そうに警戒している。 ウンディーネの両手から癒しの霧が粉雪のように落ちていった。子竜に降り注ぐも衰弱状態から脱したようにはとても見えなかった。 『・・・・・・』 ウンディーネがオレの方に戻ってきた。少し悲しそうな表情を浮かべて消えてしまった。 「・・・やはりアスターの時と同じですね、あまり衰弱が酷い。血を抜かれているのですから当然と言えば当然ですが・・・」 少し動くだけでもふらふらとバランスが定まらないようだ。最早立つ事もままならない。 オレを始め皆、いい手が浮かばない雰囲気だった。このままではこの子竜は確実に死んでしまうだろう。 「そして、我々が倒さなくてもこの状態なら・・・村の者でも倒せてしまうでしょうね」 そう、外ではきっと竜の血を求めて村の者達が待っているだろう。その村の者達が見つけてしまう事だってある。 そうしたら・・・この子はまた、血を奪われる事になる。 「――分かった」 それまで動かないままだったアポカリプスが行動を起こした。何かを覚悟した目に戦いを前にした鋭い光が宿る。 「アスター、アレクシエル。退け」 声に力強い意思がある。揺るがない足取りで子竜の元へと向かう。 オレはその時に見えてしまった。アポカリプスの手が腰に下げていた魔剣の柄を握っていた、という事を。 二人が離れたのを確認してから、アポカリプスは躊躇いもなく鞘から剣を抜いた。 分かってはいたのだ。 オレも。きっと皆も。 そういった依頼を受けてここへやって来て、オレ達がマールの火竜を倒した。 でも――どうにかしたかったからこそ、今までその手段を使おうとはしなかったのだと思う。 「誰かがやらねばならん事だ」 「同族のあんたが?」 「だからこそだ、ウリエル。成体ではない幼き竜がここまでなってしまえば、何にせよ生き残る可能性は低い」 剣先を子竜へ向けた。刃物を向けられた子竜は恐怖をたたえた瞳でアポカリプスを見上げていた。 「――さらば、偉大なるマールの火竜の幼子よ」 「・・・アポカリプス・・・」 思わずオレは声を掛けていた。黒龍の背中に向かって。剣を振り上げた手が一瞬止まった。 「どうした、何かあるか?」 アポカリプスがこちらを見る気配はない。 「・・・せめて、苦しまないように・・・」 ・・・それだけしかオレには言えなかった。 この先、どうなるのか分かり切っていたのだから。 「安心しろ、心得ているつもりだ」 そう言うアポカリプスの声はほんの少しだけ優しくて、『ゆっくり眠れ』という言葉と共に剣が振り下ろされた瞬間、オレは静かに・・・目を伏せた。 村に一泊する、という選択肢もあったけれど、疲労が溜まっているにも関わらず誰も泊まろうとは言い出さなかった。 オレ達は淡々と報酬だけを受け取って、足早に立ち去ることにした。森の中で見つけた人の痕跡があった胡散臭い洞穴を発見した、というせめてもの報告はしたが。 「・・・さて、そろそろ野営の準備かね」 久しぶりにメンバーの声を聞く。森の中がだいぶ薄暗くなっている。疲れ切ったオレ達が歩き進めても次の村や町に着くには程遠かったから、どうしても途中でキャンプしなければならない。 「流石に今日だけはオレも疲れちゃったしさ」 いつも通り、わざとらしくおどけた様子を見せてウリエルが肩で息をついた。 「・・・そうだな、完全に休める訳じゃないが」 サタナエルの足を止めたのを確認して、皆足を止めた。 行きと変わらず、一度通った道を引き返していたからなのだろうか。森の切れ間から見える夕暮れ空を見て思い出した。 あの大きな空を飛んでいたマールの火竜の事を。 END |