インスパイアされたプレイシナリオ:K.Wさんの「秩序の盾」
(内容自体はシナリオと絡んだものではありません)
――トットットッ。
軽い足取りが近付いて来る。
俺の視界に入ってくるのはセリカだ。いつもに増して楽しそうにしながら俺達が座っている席へとやって来る。今このテーブル席に居るのは俺以外にアポクリファ、ヴィックス――計三人だった。
特に何をしていた訳でもない。ヴィックスは何やら考え事をしているようで、アポクリファは退屈そうに顎をテーブルに預けて、そして俺は毎日変わり映えのしない宿内の顔ぶれを見やりつつ休んでいる・・・そんな時だ。
「あれっ、セリカ。今日は随分とウキウキしているようだね」
いち早く変化に気づいたアポクリファの目の色が変わって生き生きと輝き出す。あれは面白そうな事を発見した証拠だ。
・・・それくらいセリカも分かりやすかったのだが。彼女の感情は比較的読みやすい。嬉しい時に喜び、悲しい時に泣き、怒る時にはしっかり怒る。しっかりとした一面はあるがとても子供らしい朗らかな子だ。
「はいっ、今日父さんからのお手紙が届いてたんです!」
弾むようにセリカが笑う。見れば白い封筒を大事そうに胸の前に置いている。
近くの椅子に腰掛けてから、その手紙をテーブルの上に置いて見せてくれた。
「そう言えば前に書かれてましたよね」
手紙を一瞥し、それまで表情の硬かったヴィックスも穏やかになる。
共に行動しているメンバーの中で子供なのはセリカだけだ。見た目だけならアポクリファの方が子供のようだが、彼女は龍族だ。普段を見ている限りそうは見えないが、とても力の強い龍であるらしい。・・・本当にそうは見えないが。
「はい! まさかこんな早く返事が来ると思ってなくて・・・」
「ああ、それでそんなに嬉しそうにしてたんですね」
「えへへ・・・父さん達が出発する時に言ってたんです。長い旅になりそうだし、大変な依頼になりそうだって」
セリカの父親はこの古龍の息吹亭にいる冒険者の中でも一番の実力者と名高いパーティ、ズィークヴァッフェの一人――アステフィル・ウォーレン。
六人もいればどうしても得意不得意の問題から戦闘に穴は出るものだ。戦士が戦闘能力の低くなりがちな魔術師を庇い、魔術を苦手とする戦士を魔術師や神官がフォローする。それがどこのパーティでも主流だろう。
だが彼等は違う。各個がそれぞれ高い水準の戦闘能力を持ち、様々な依頼をこなしリューンへ帰還してきた事からついた名がズィークヴァッフェ――勝利の武器と言う意味らしい。
勝利を運ぶ使者の一人であるアステフィルは聖北の神官だ。癖の強い者達の中では、どちらかと言えば良識派・・・という印象を俺は持っている。
「・・・あ、そういえばマリアさんと母さんは? お出かけです?」
キョロキョロと辺りを見回したセリカが首を傾げた。
「あの二人なら一緒に買い物に行ってるよ」
この席に一番長く座っていた俺が答える。
「あまり長くならないとは仰ってましたね」
俺に続いてヴィックスが言葉を添えた。
彼女の母親はこのパーティのブレイン、リリム・ウォーレン。旧姓はリリム・ヘッツェルリート。魔術の研究者として有名な人物だ。マナに馴染みやすい体質で
あるらしく、その体質を狙った悪魔に憑依され魔道に堕ちそうになったと聞く。端から見れば物腰の柔らかな聖女のような女性だ。現在、そういった傾向が見ら
れないという事は落ち着いているのだろう。
「お買い物ですか、ならその内に帰ってきますよね」
その二人の間に生まれた子供なら、魔術にしても神の御業にしても高い素質を持っているだろうが、彼女は吟遊詩人としての道を歩んでいる。ひたむきに、ただただ人々を笑顔にさせる詩を詠う為に。
「多分そうじゃないかな? ねーねー、先に読んでようよ〜」
セリカ本人以上にアポクリファの方が耐え切れなさそうだ。猫の様に身体を縮こませて、今にも手紙を手に取りそうな勢いだ。まさかそんな事はしないだろうが、もし取るような事があればたしなめてやろうと考えていた矢先、セリカは小さく頷いた。
「そう・・しましょうか! ふふふ」
楽しそうに笑っている姿はまるで楽しいイタズラでも思いついたかのようだ。セリカは封筒を手に取る。思い出したのか、おそらくポケットからペーパーナイフを取り出し、丁寧に封を切っていった。
それを待っている間、ふとヴィックスと目が合う。同時期に小さく笑った。互いに声には出さなかったが。何とも微笑ましいじゃないか。
切った封筒からきちんと四つ折りに畳まれた便箋を取り出し、空の封筒を指に挟んでゆっくりと開いた。セリカは待ち切れないと言った様子で紙面に書かれているであろう文章を大きな瞳を開かせて見やっている。
「どうなの? なんて書いてあるの?」
「アポクリファさん。いけませんよ、急がせては」
興味が手紙に集中しているせいか、アポクリファの食いつきも凄まじい。それをヴィックスが宥めているようだが効果は薄いようだ。
そのセリカはというと、じっと文面を見つめ読みふけている。枚数は然程多くないらしい。二枚あればいい方だろうか。なぞるように視線を彷徨わせて――彼女は目を伏せた。
そして自分だけしか持っていない秘密を楽しむ、そんな様子で小さく微笑んだ。父親との愛情の深さをほんの一瞬だけ垣間見た気がした。
「・・・で、どうだったんだ?」
「ふふふ」
タイミングを見計らい、セリカに声を掛けた。すると彼女は顔を上げる。余程面白い内容だったのだろうか、今度は口に出して笑って見せた。
「なに、なに?」
「ごめんなさい・・・! あまりにも父さんらしい文章で・・・何だかおかしくて」
「意外そうな顔をされてますね」
「はい、ほんの少し意外でした。いつも遠くへ旅に行く際は母さんが手紙を書いていたんです。その返事を母さんの言葉で聞く事がほとんどだったので、こうやって父さんの言葉を見るのが初めてだったものですから」
恥ずかしそうなくすぐったそうな表情が眩しい。
「だから父さんの口から聞くような・・・そんな言葉が文章になっていたのが新鮮で、楽しくなってしまって」
そっと大事に手紙を折り畳んだ。少しして、俺達の沈黙に我に返ったのかセリカは息を飲んだ。
「あ、あのっ、中身は至って普通だったんですよっ?」
「セ〜リ〜カ〜」
あたふたと手紙の内容に関して弁解するセリカに対して、アポクリファはニヤニヤと悪戯めいた笑みを浮かべた。彼女の側に身を寄せて頬をつんつんとつつき出した。
「えっ、え? な、なんですかっ?」
「ボク達が言いたいのはそういう事じゃないよ〜」
つつかれたままのセリカは目を丸くさせ、不思議そうだった。
そりゃ一瞬は思った事だが、よくよく考えたらあのアステフィルはそういうタイプには見えない。
「いやー、でも可愛いからいっか」
「ちゃんと説明してやれよ、困ってるぞ」
「私達は手紙の内容を訝んで黙っていた訳ではないんですよ」
アポクリファを除く、俺とヴィックスは笑いをこらえるのが精一杯だ。
最終的に説明をしたヴィックスは上手く堪えられたらしいな。
「わ・・・!」
わずかな間があってからようやく気づいたセリカが慌て始める。赤らめた頬を両手で押さえて小さくなってしまった。
「あのっ、すみません! わたしったら・・・!」
「それだけ嬉しかったのですから、謝らなくてもいいんですよ」
「でもでも勘違いしちゃって・・・!」
頭を左右に振る度にツインテールが尻尾のように揺れた。
「いいよいいよっ、お父さんからの初めての手紙だもの!」
そんなセリカを慰めようとしているのやら、ただ可愛がりたいだけなのやら、多分両方なんだろう。背を伸ばしてアポクリファが頭を撫でている。実際の所、セリカの方が背が高い。けれど、ああいった姿を見るとやはり大人なのだなと納得してしまう。
「ね、ね? もっと喜んだっていいよね?」
俺とヴィックスを交互に見やり、同意を求めてくる。特に反論する事も、又しようとも思っていなかったので頷いてやった。当然セリカを落ちつかせる為もあるが。
「ああ、そこまで気にする事じゃない」
「そういえば・・・その手紙にはなんて書かれていたんです? 良ければ聞かせてもらえますか?」
「あっ、はい勿論です! それが今――・・・」
さりげなく、そして上手い話の切り替えしにセリカも少しは平常に戻ったようだ。まだほんのりと顔は赤いがもう大丈夫だろう。
不意に冷静に状況を判断する自分がいる。・・・なんて心優しい時間を過ごしているのだろう。今まで冒険者としても、ここまで暖かい気分になった事はない。それ以降なんて暗殺者というかけ離れた環境に居たのだから余計に生温く感じてしまうのだろうか。
昔ならともかく、今はその生温さが不思議と嫌ではない。
「?」
一生懸命に話すセリカと思わず目が合った。実際には喋ってはいないが大きな瞳が「どうしたんですか?」と物語っている。
「いや、何でもないよ。それで?」
珍しく意識して、俺は優しく返事をした。
END